科学技術政策の立て直し

昨年、31年ぶりに貿易収支が赤字となった日本。確かに東日本大震災や急激な円高が、収支悪化を加速したのは事実だが、その凋落は長期的な傾向だ。
明治維新以来、永らく日本経済の基調となってきた加工貿易=原材料を輸入し、製品に加工し、輸出で稼ぐという仕組みが大きな曲がり角を迎えていることは間違いない。

我が国が、将来的に持続発展可能な社会を実現するには、新たな成長モデルを構築しなければならない。天然資源に乏しく、しかも人口が減少していく日本がこれからも繁栄を維持するために、今こそ国是として科学技術を振興しその成果を活用する「科学技術創造立国」を実現しなければならない。

以前、この稿で取り上げた「SACLA」(※X線自由電子レーザー)が3月7日から本格稼働を始める。この施設の価値を一言で説明するのは難しいが、オープニング式典で理化学研究所の野依理事長が「日本の誇り、ナショナルプライドだ」と発言された。このノーベル賞科学者の言葉が示すごとく重要な研究開発施設ということだ。
※太陽光の1千京倍という極めて明るい光で、原子レベルの動きを観察できる

秋には、世界最速のスーパーコンピュータ「京」も共用を開始する。
これらの施設は、国家基幹技術プロジェクトとして開発してきたものであり、性能は世界に誇るレベルに達している。しかし、この開発レベルを維持し、巨費を投じた施設群を使いこなしていくことはそれほど簡単ではない。

一つは、人材の問題。
前述の野依博士をはじめ、小柴、田中、小林、益川、田中、下村、鈴木、根岸、南部(国籍は米国)と、今世紀に入って日本人ノーベル賞受賞者が続出している。しかし、その研究成果の多くは、数十年の継続によるものだ。それだけ持続的な、粘り強い努力が必要という証だろう。

このハイレベルの研究力が今後も維持できるかというと、少々心許なくなる。
科学論文数はこの10年間に米英に次ぐ3位から中独に抜かれて5位へ転落した。
論文の質を判断するメルクマールである被引用度も、OECDや同盟国の中で日本は21位にとどまる。知的財産確保の手段である特許出願数も2010年には中国に抜かれ3位となった。
科学技術の水準を支える高等教育(大学、大学院)の国際比較でも、2011年世界大学ランキング200傑では東京大学が30位、京都大学が52位といった状況である。

子どもたちの「理科離れ」が叫ばれてから久しいが、この解決には科学の楽しさを幼少期から教えることこそ重要だろう。何もすべての子どもに難解な数学、理科を学ばせる必要はない。あらゆる分野で個性を伸ばす教育、競争を肯定し、出る杭を伸ばす教育こそが求められるのではないだろうか。平等に重きを置きすぎた「ゆとり教育」は、高度な人材育成という意味では大きなマイナスであったとも言える。

もう一つの課題は、科学技術政策の総合調整能力と戦力性の欠如だ。
日本が「科学技術立国」をめざすためには、国を挙げての戦略が必要なことは言うまでもない。文部科学省(旧科学技術庁)だけがいくら頑張っても、成果は得られないのだ。

このため、平成13年の省庁再編で内閣府に総合科学技術会議が設置され、この会議が企画立案する基本方針の下に研究開発が行われることになった。しかし、まだまだ、各省庁が提案する研究開発予算を調整する役割から抜け出せていない。(永年科学技術政策に携わって来た私としても、自らの非力を恥じなければならいが…)

ただし、法的枠組みの上では、総合科学技術会議には国家戦略会議と同じく、国の重要基本政策の立案の役割を与えられている。要は運用方法であり、政治が強い意志を示せば、より強い権限を発揮し、国家目標を定め、各省庁のみでなく学界、産業界も含めて集中投資を行うような仕組み、戦略と呼ぶにふさわしい方針を策定できる筈なのである。

現在の情況、世界ナンバーワンを目指さないような科学技術政策(?)が続くのならば、我が国は厳しい国際社会の競争に勝ち残ることはできない。TPPを始めとするEPA(経済連携協定)により、知的財産を取引する国際ルールを確立することも急務だ。

日本が新たな地平を切りひらくため、今こそ「世界ナンバーワンの科学技術創造立国」の実現に向け、全力を傾注すべきときだ。

船中八策

通常国会開会からひと月を経て、野田内閣の支持率は軒並みに低下、30%を切り危機水域に突入したものと見られる。それにも関らず自民党の支持率も伸び悩み(というよりむしろ微減)の情況が続いている。
そのような中で、橋下徹大阪市長が引いる大阪維新の会の国政進出への期待が、日を追う毎に高まってきた。「決められない政治」に対する国民の不満、国政の閉塞感の打破を求める民意の反映が、世論調査の結果となっているのだ。

彼らの次期衆議院選挙に向けての公約「船中八策」の骨格も公表され、各方面で物議を醸している。「八策」によると「地域が自己決定、自己責任、自己負担で自立する」ことを基本的な理念とし、国と地方の役割分担を明確にして、各都市が統治機構のあり方を自ら決められる仕組みづくりを求めるとしている。
その上で各論として―①統治機構の変革②行政改革③公務員改革④教育改革⑤社会保障制度改革⑥税制を含む経済政策⑦外交・防衛⑧憲法改正―の八つの柱を掲げる。

たたき台と言われているだけに、政策案とか公約と呼ぶにはまだまだ内容が物足りないが、全体を通して「決定できる民主主義」をめざす志は見えている。各論の論評については、成案の公表を待ってからにするとして、現状の国政の課題を分かり易く整理し、課題解決の方向性を明確に打ち出したことについては評価したい。

既成政党からは、憲法改正が必要な項目が列挙されているが故に、「論評に値いしない」「実現性がない」「言うだけなら簡単だ」などとの厳しい評価も聞こえてくるが、果たしてそうだろうか?
そもそも憲法は法律の一つであり、法律とは社会規範の集大成である。国家のあるべき姿と現行憲法が適合しないのであればそれを改正すべきであって、憲法改正が必要だから現実的でないとの主張の方が間違っている。むしろ「八策」にもあるように、厳しすぎる憲法改正手続きこそ改正すべきだろう。

例えば、「首相公選制」はこれまでも盛んに議論されて来たテーマで、今も超党派の議員による「首相公選を実現する会」も活動している。当面、憲法改正は実現しなくても、「公選制」により近い形の首相の選び方も可能だろう。

「参議院の廃止とそれに代わる首長兼務の国会議員による協議の場」と言うのは、現職参議院議員にとっては過激すぎる提案だろうが、地方分権時代の「良識の府」のあり方としては一考すべきだろう。現にフランスでは、地方自治体の首長と国会議員の兼職は定着した制度となっている。

そもそも衆参ねじれなどという問題が生じるのは、第二院である参議院が衆議院と同じく政党を基本とする議会だからである。本来、二院制の目的は、異なる視点で政策を評価する点にあり、参議院と衆議院が同質では存在意義が問われる。少なくとも党議拘束などという慣行は参議院にはそぐわないだろう。

もちろん政策決定のスピードを優先するのであれば、一院制が優れていることは言うまでもない。私は「一定の期間(7~10年程度?)を経て、衆参両院を統合し一院制に移行する」が最も現実的なのではないかと考えている。
当面は、国会の意思決定がよりスピーディに行えるように、現行の「予算、条約、首班指名」に加え、「予算関連法案」にも衆議院の議決に優先権を与えるなどの工夫を考えるべきだろう。

「船中八策」は維新の会から「決められない国政」に突きつけられた挑戦状だ。
国政に参画する者は、国民に対して自らの政策、主義主張を明確に示さなくてはならない。そして政策の方向性を同じくする者が集うのが「政党」であるべきだろう。
残念ながら、現在の自民党も民主党も、当選証書を獲得するための所属機関に成り果ててしまっている。昨今の各党内の内紛を見るにつけ、政策の同一性は見られない。

本来の政党政治を取り戻すために、まずは個々の候補者が政策を明示して戦い、選挙後に政党を再編する。それが政党の存在意義が著しく低下した中で行なわれる次回の衆議院総選挙にふさわしい戦いになるのかもしれない。

エネルギーをどうする

国会は、当面、消費税増税問題で手一杯の様相だが、数多ある政策課題のうちで早期決断が急がれる課題の一つが、エネルギー政策ではないだろうか。
温暖化ガス25%削減を打ち上げ、原子力の活用拡大へと大きく舵を切っていた民主党のエネルギー政策を一瞬で打ち砕いた東日本大震災。その発災からもう一年になるというのに、この夏に向けて、原子力発電所の再稼働をどうするか?という議論が全く煮詰まってこない。

震災から2ヶ月後の昨年5月、菅直人前首相は突如、浜岡原発の停止命令を下した。非常事態下の対応でもあるので、今さらその適否は問わないが、その後の平時体制への移行が全く為されていない。

全国の原発のうち政府が危険と判断して強制停止させたのは浜岡のみ、それ以外は震災後も一応安全という判断だからこそ継続運転していたはずだ。それが定期点検のために停止したとたんに不良品のごとく再稼働できなくなるというのが、今の国内ルール。間もなく54基、すべての原発が稼働を停止する。

一方で、新しい原発の海外への輸出についてはこれからも継続する方針が既に決定している。いかにも矛盾しているというか、バランスを欠いた政策だ。

自然災害やテロに対して脆弱な原発があるとしたら、耐用年数を待たずに廃炉にするという判断もあるだろう。逆に安全性の基準を国民に明確に示し、それをクリアした原発は、早急に発電を再開すべきではないのか。(そもそも、何が危険かという基準を定めずして稼働停止させるから国民の不信を招いたのだ)
目の前に差し迫った問題として、原発をすべて停止した状態では通常の産業活動は維持できない。来夏のエネルギー需要期に、仮に化石燃料で量的な問題を確保したとしても産業界はエネルギーコストに耐えられなくなるだろう。

長期的には自然エネルギーを増やしていくとしても、ヨーロッパ諸国のようにはいくまい。
ドイツやデンマークなど自然エネルギー重視の政策を目指している国々は、大陸国だ。いざとなったら簡単に電気やガスを隣国から輸入できる。ドイツは、フランスの原子力発電所から繋がる送電線があるからこそ、ロシアからの天然ガスパイプラインがあるからこそ、大胆なエネルギー転換政策が実行できるのだ。

日本は良くも悪くも島国で、資源に乏しい。船便に依存する化石エネルギー輸入は当然に高コストとなる。加えて、ペルシャ湾に石油、天然ガスの9割を依存している現状では、エネルギーの安定調達自体が中東の政治情勢に大きく左右されている。

かといって水力も含めて10%足らずの自然エネルギーのシェアを数年で急拡大できるものでもない。日本近郊のメタンハイドレート(メタンと水の結晶)の活用も商業実験に入ったばかりだ。
原発が担っていた30%の電力は、当面、火力で担うことになる。その結果は電力価格の高騰となり、製造業の海外移転に拍車をかけることに繋がりかねない。
昨夏は、かなりの原発が稼働していたからこそ総力を挙げた節電で対応できた。とは言ってもメーカーは自家発電装置をフル稼働させているのだから、かなりのコスト増になっている。

エネルギー政策は産業政策の根幹をなす要素の一つだ。
国内に製造業を残す意思があるのであれば、原子力の即時放棄という選択肢はあり得ない。
さらに、世界に目を向ければ、今後も人口増大が続き、一人ひとりの生活水準も向上しつつある。世界的視野でエネルギー需給を考えると、原子力は放棄するのではなく活用すべき資源である。そして、我が国の務めは、貴重な教訓と技術力を生かして、安全で効率的な原子力技術を確立し、世界に貢献することだ。

政府は、原子力を安全に維持活用していくための議論を避けてはならない。まずは、一日も早く、原発の再稼働に向けた安全基準を明示すべきだ。

「国防」建国記念日に

始まったばかりの通常国会を賑わしているのが防衛省と田中防衛大臣だ。
就任当初から発言の修正や撤回が相次ぎ、またしても素人大臣の起用か?との疑念を招いていた田中大臣だが、予算委員会質疑では自らの失言に沖縄防衛局長の講話問題、さらに外務省主導の在日米軍再編計画の見直しが重なり、四苦八苦の答弁を強いられている。

アジア太平洋の安全保障と米軍再編計画への対応は大きな政策課題だが、田中大臣の発言という意味で気になるのは就任直後の発言。討論番組で「PKO参加5原則」の緩和措置に関する問いに、「武器輸出三原則」の緩和を答えてしまった件だ。
大臣が素人かどうかはともかくとして、この5原則について正しく理解している国会議員が何人いるのかと考えると、派遣されている自衛隊員の皆さんに申し訳なく、ちょっと心許なくなった。

PKO法では、自衛隊派遣の条件として、①停戦合意、②受け入れ国の同意、③中立性の厳守、④以上3原則が欠けた場合の撤収、⑤必要最小限の武器使用を定めている。問題になっているのは、このうち⑤武器使用基準の緩和だ。
現行ルールでは、武器使用の用途を「自国の要員とその保護下にある人の防護」に限定している。つまり、例えば韓国との共同任務に就いている際に韓国軍が攻撃を受けたとしても我が自衛隊は発砲できないという状況が生じる。これでは足手まといの部隊となってしまうし、他国部隊の信頼を得ることはできないだろう。

このことは日本の国防体制自体にも通じる問題だ。いわゆる「集団的自衛権」をどう解釈するかという永年の課題である。
一般的に集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある国が攻撃された場合、自国が攻撃されていなくても、自国が攻撃されたと見なして反撃する権利」であり、国連憲章によりどの国にも認められている。我が国も当然この権利を有しているが、政府見解として、必要最小限度の武力行使の範囲を超えるので、“憲法上行使は許されない”という解釈がなされてきた。

このような理不尽な解釈が通用してしまっているのは、我が国の安全保障の根幹である日米安全保障条約がある意味で特殊な軍事同盟であり、その恵まれた軍事同盟で我が国が米国に庇護されている故ではないだろうか。
この条約はご承知の通り、米国は日本を守る責務があるが日本には米国を守る責務はなく、その代りに米軍に基地の用地を提供するというものである。
しかし、このような片務的な条約が成り立っているのは、米国にとって日本という土地(基地)が極東の平和と安全のために必要だからだ。世界に対して「我が国は集団的自衛権を行使しません」などと宣言すれば、誰も同盟してくれなくなる。

対等な同盟国=共同軍事作戦を展開する国を求めるのであれば、集団的自衛権は行使せざるをえない権利、とういうよりも責務となる。
PKOにおける武器使用基準もこの原理の延長線上にある。せめて、共同作戦をとっている友軍が攻撃を受けた場合は、我が自衛隊も反撃を加えることができるようにすべきであろう。岡田副総理も外相時代に緩和を主張していたはずだが…。

米国は世界全体を見据えて軍事力の配分を行っている。しかし、その力は相対的に低下しており、今や二方面作戦は不可能だ。仮に、中東やアフリカで大きな作戦展開が必要となれば、東アジアの米軍力は空白になりかねない。
我々はそろそろ国防ということ、アジアの平和をいかにして維持すべきかということを真剣に考えなくてはならない。

いかなる国家も自国の国益に沿って行動している。その根幹は、国民が国の繁栄を願い、自らが国を守るという意識をもつこと、国の独立が侵害されようとするときには自ら戦う意思をもつことにあるのではないだろうか。
マキャベリも言っている、「自らの安全を自らの力で守る意思がない場合、いかなる国家といえどもその独立と平和を維持することはできない」と。

真の独立国となるために、何よりも国民の国を愛する心に期待したい。
2月11日は「建国記念日」=「建国をしのび、国を愛する心を養う」日である。そして、私の誕生日でもある…。

春節に想う

先月23日からの一週間、中国の旧正月を祝う「春節祭」で神戸の南京町も中国文化一色に染め上げられた。今年は辰年とあって、豪華に電飾された龍も例年にまして見事な舞を見せていたようだ。

春節の期間、日本の正月休みと同じように中国でも民族大移動が起こる。大半は都市部から出身地への帰省だが、国民所得の向上とともに海外旅行に出かける方々も多くなっている。その人気訪問先の一つが日本だ。
東日本大震災以降、海外から日本を訪れるツアー客は、急激に落ち込んだ。しかし、中国人の訪日熱はいち早く復活し、秋頃から観光客数は対前年比増加に転じている。この春節休暇の訪日者数は過去最高を記録しそうな勢いだ。

経済成長率が鈍化してきたと言っても、昨年の中国経済は前年比9.2%増。
中国政府によると今年の海外旅行者数は12%増の7840万人。旅行での消費額は約800億ドル(約6兆円)と予測されている。当分の間、この数字は増えることはあっても減ることはあるまい。

観光地はもちろん、国内の百貨店や商業施設でも、中国人観光客をターゲットにした商戦が本格化している。中国語のポスターに、中国人好みの赤色商品の強調展示等々、それに中国の銀聯カードの決済機能も不可欠になった。

人口減少と高齢化によって我が国の内需の縮小は避けられない。それを少しでも補うのが交流人口の拡大だ。海外からの旅行客による需要創出は重要な国策の一つとなる。だが、今のところ旅行客の収支は、出国1500万人に対して入国800万人と、ダブルスコアの出超となっている。

一昨年の訪日者数の国別トップ3は、韓国240万人、中国140万人、台湾130万人だ。なかでも中国人客は、22年のビザ発行要件緩和から急増中だ。
中国の一人あたりGDPは日本の1970年代と同じ水準。今後、海外出国率は上昇するだろう。日本と同じ傾向をたどれば10年後には1億人以上が海外に出かけるとの予測もある。

この中国の活力を取り込むことが我が国の経済成長に不可欠であることは言うまでもない。
そのためには、海外プロモーションの拡充、観光地・交通案内の多言語化、外国人スタッフの充実、通貨決済インフラ整備など、様々な努力が必要だろう。そして、何よりも日本人のホスピタリティ(心地よく受け入れる心)の向上が大切だ。

尖閣諸島近海での資源開発問題、レアアースの輸出規制、食の安全を巡る疑惑、歴史認識の共有化等々、隣国との間で解決すべき懸案は多い。
観光を通じた人的交流の活性化は、経済のみならず国際間の相互理解の向上、戦略的互恵関係の具現化にも資するだろう。

訪日外国人の数値目標は、小泉内閣時代の年間1000万人から徐々に引き上げられ、一昨年の新成長戦略では「訪日外国人3000万人プログラム」が定められた。フランスの7000万人には及ばずとも、イギリス並みを目指そうという目標だ。

この「観光立国」という国家方針は、自民、民主の区別無く協調して推進できる政策方針だろう。
世界中の情報が一瞬で繋がるグローバルな時代、国を閉ざしていては未来への道筋は覚束ない。日本は世界に発信できる魅力的な地域資源、伝統文化で溢れている。世界の文化、違いを受け入れる許容力もある。
世界と共生する、共に栄える気持ちがあれば、道は必ず開けるはずだ。

ところで、国会では24年度予算の審議が始まる。
主戦場である予算委員会の論戦が建設的のものとなるよう期待したいのだが……。
果たして?

決戦の年?

先週24日(火)、社会保障と税の一体改革を最大の論点とする第180回国会が開会した。
いよいよ政治決戦の幕明け。と言いたいところだが、首相の施政方針演説からも、自民党谷垣総裁の代表質問からも新しい政策論戦の気概は感じられない。
相も変わらず永田町内の口げんかにも等しい、政策度外視の足の引っ張り合いが演じられている…と感じているのは私だけだろうか?

政権与党と野党第一党がこんな具合では、第三の極を求めて石原新党なる動きが活発になるのも無理もないことだ。
責任の一端は解散総選挙を迫るばかりの我が自民党の戦法にもある。目を覆うばかりの敵失が積み上がっていることは認めるが、まずは自らの政策を堂々と提案し、本質的な論議を深めてもらいたい。国会審議は政権担当能力をアピールする絶好の機会なのだから。

そもそも年金についての自民党の政策はいかなるものだろうか。
平成16年の年金制度改革、これは人口構成の高齢化により急速に重くなる年金保険料負担に一定の歯止めをかける目的であった。
保険料の最高限度を厚生年金については所得の18.3%、国民年金については月額1万6千9百円とし、それ以上の引き上げは行わないこと。そして、基礎年金への国庫負担=税金投入をそれまでの3分の1から2分の1に引き上げる。また、給付抑制のために、それまでの物価単純連動方式から、平均寿命の延びや支える者の減少を考慮したマクロ経済スライド方式(端的に言えば物価上昇率より年金上昇率を低くする方式)を導入した。

この方式で数十年先までの収支見通しは立ったはずであったが、残念ながら成長するはずの経済が停滞したため保険料に不足が生じ、長期の物価下落はマクロ経済スライドの出番を無くしてしまった。
今後も保険料方式を基本としていくとしても、新たな給付抑制策、保険料率の見直しが必要となる。なおかつ、基礎年金の2分の1の国庫負担を維持するにも消費税率の引き上げは必要だ。

一方で、民主党の年金案は岡田代表時代の平成16年参院選マニフェスト以来、全額税負担による最低保障年金のうえに、保険料を財源とする所得比例の積立年金を重ねる二段階方式を主張している。
ただし、全額税負担で月7万円の最低保障年金を実現するためには、相当の消費税引き上げを覚悟しなくてはなるまい。民主党にはその税率案を明らかにする責務がある。

両党の主張の違いは、大きく言えば基礎年金(もしくは最低保障年金)部分の給付対象をどうするか、税投入の規模をどの程度にするかだ。

いずれにしても、両党の主張とも消費税引き上げが必要という点では一致している。と言うよりも、既に消費税増税を当てにした交付国債を投入しなくては基礎年金が賄えないほどに財政は痛んでいるのだ。
仮に、ここ数ヶ月のうちに自民党が政権を奪回したとしても、この状況は変わるものではない。

今国会審議の争点は、社会保障制度と消費税問題のみではない。24年度予算をはじめ、早期に結論を出すべき課題は山積している。
事前協議への参加表明をしたままのTPP対応に、20年に及ぶデフレ経済からの脱却、超円高対策、エネルギー政策の転換等々、もちろん普天間基地の移転問題もなんとかしなくてはならない。

個人的には一日でも早く国政に復帰したいのは言うまでもない。しかし、今の日本が置かれた状況を考えると、解散総選挙の前に、まず、政策議論を尽くす必要がある。今すぐ解散しようにも、国民には政策の選択肢が示されていないのだから…。

1.17

今年も1月17日が訪れ、先週火曜日、例年と同様に阪神淡路の各地で6400余人の犠牲者を悼む式典が厳かに行われた。
だが、この1年で“1.17”の位置づけは、大きく変わったと言える。
自らの被災の日を偲び、防災減災を誓うという性格に加えて、復興した市街地と暮らしをアピールし、平成時代の二度目の未曾有の災害に見舞われた東北の方々に勇気を与えるという役割が与えられたのだ。

思えば、阪神淡路の復興も悲惨の中から始まった。平成7年のその日、自社さ連立政権の一員であった私は東京に滞在中であり、TV画面に映し出された光景=倒壊した高速道路や燃え続ける市街地に言葉を失った。それは、1年前の津波映像と同じく、克明に脳裏に刻まれている。

神戸の市街地直下で震度7の地震が起こることは、当時としては、まさしく想定外の事態であったが、政府も自治体も、そして何よりも被災者の方々が懸命に復旧に取り組んだ。(少なくとも、被災地を横目で見ながら与野党議員が足を引っ張り合うという愚行はなかった。)
現場がまず動き、政府がしっかりと支援する方式で、次々と新制度、予算が手当てされていき、公費によるがれき撤去や仮設店舗・工場の建設など、今回の復興支援と比べれば、はるかに迅速に被災地の復旧復興事業が進められたと自負している。

そして、震災から6年後の平成13年には、人口は被災前の人口を取り戻し、平成17年には被災地GDPも震災前を上回った。復興まちづくりも着々と進み、新長田の駅前には再開発ビルが建ち並び、ポートアイランドには最先端の医療産業都市が形成された。
まさしく被災地の住民、企業の方々の努力のたまものであるが、この17年の足跡と実績は、どんな悲惨な状況からも立ち直ることができるという証拠を示したものだ。

今年の1.17行事には、東北の被災地からも多数の方々が訪れられた。激震による倒壊と津波による破壊、加えて原発事故。被災状況が異なるとはいえ、見事に復興された美しい神戸の街並みは東北の将来への希望となったに違いない。
阪神淡路の復興に携わった多くの方々が、東北に出向いてまちづくりアドバイザーとして活躍されている。貴い犠牲のうえに培われた復旧復興施策のノウハウ。東北を始めとする自然災害からの復旧復興に、この教訓を役立てることが、何よりも6400余の御霊に報いることになるだろう。

一方で、表向きは美しく蘇ったように見える阪神淡路の被災地にも、よく見れば震災の傷跡はまだまだ残ることも忘れてはならない。一つは、復興住宅で耐えない孤独死、いわゆる家族もコミュニティも失った高齢者への対応であり、もう一つは、急速なインフラ整備により行政機関に積み上がった巨額の負債である。これらの解決には、まだまだ知恵と時間が必要なことも事実だ。

日本列島は地震の活動期に入っていると言われる、東海、東南海、南海地震はここ数十年のうちに必ず起こるだろう。新燃岳や桜島にみられるように火山噴火活動も活性化しているように思える。

17年前と昨年の大災害を通じて我々が学んだこと。それは、想定外という言い訳は使ってはならないこと、自然災害の恐ろしさは決して忘れてはならないこと、この二つではないだろうか。

神戸では、震災を体験していない方々が人口の1/3を占めるようになった。しかし、我々はその体験を風化させてはならない。
東北の方々とともに、つらい体験と復興の足取りを後生に、世界に伝えて行かなくてはならない。それが日本の防災・減災の文化を創っていくことになるのだから。

内閣改造

先週末、通常国会前の恒例行事と化した内閣改造が行われた。一昨年の鳩山内閣改造では藤井大臣辞任劇の後を受けた菅財務大臣が目玉、昨年の菅内閣改造では野党にいた与謝野経済財政大臣の引き抜き起用が注目を集めた。
そして、今回の改造の主役は「社会保障と税の一体改革」担当大臣として入閣した岡田副総理だ。

世間ではこの改造を、先の国会で問責を受けた二閣僚(山岡賢次前国家公安委員長、一川保夫前防衛相)更迭の隠れ蓑と揶揄する声も聞かれるが、私は改革実践に向けた野田総理の不退転の決意を示す改造と、前向きに受け取りたい。

このコラムで繰り返し言及しているが、高齢者への給付を生産年齢層が負担する形の社会保障制度は、もはや持続不可能であり、無理を重ねてきた日本の財政は瀕死の状況にある。今すぐ構造改革に取り組まなくては、この国の将来は危ういのだ。
だからこそ私は、消費税の増税に真正面から取り組む野田総理の一貫した姿勢を、大いに評価している。岡田副総理も、平成21年の民主党代表選挙における主張から強力な財政再建論者であることがわかるし、官僚出身だけに当然ながら政策通である。
この内閣改造を契機に、両人の下に与野党を問わず憂国の士が結集することを期待したい。

それにしても、ここ数日の野党の発言にはいささか首を傾げたくなる。
「山岡、一川の両大臣は問責を受けたのだから、両氏が出席する審議には出席できない」と審議拒否にまで言及しながら、両大臣が変わったら、「適材適所でなかった事が明らかになった。総理の任命責任を追求する」と言っているらしい。
国民の政治に対する厳しい目を考えたら、今はそんなくだらない議論で時間を空費している時ではない。

与野党協議への呼びかけに対する自民党の対応にも違和感がある。
谷垣総裁は「消費税増税はマニフェスト違反、嘘つきの民主党に手を貸すつもりはない」との理屈で協議を挋否しているそうだが…。果たして正しい対応だろうか?
確かに、かつての福田内閣当時、テロ特措法や道路特定財源を巡り、再三与野党協議を呼びかけたものの、不誠実な民主党の対応により合意に至らなかった。しかし、それは少なくとも、協議の席に着いた上でのことであり、門前払いではなかった。

マニフェストは「有権者」が支持政党を選択するための材料であり、政府の政策提案権を拘束するものではない。むしろ、マニフェストに掲げた政策が誤っているのであれば、修正するのが当然である。勿論、国民に対し変更の理由を説明しなくてはならず、今回の場合は大変更(マニフェスト総崩れ)なのだから謝罪も必要かもしれない。

しかし、解散に追い込みたいがために、協議の席にすら着かないという行為では「党利党略」という誹りは免れない。このようなことを繰り返していては、誰も再度自民党に政権を託したいとは思うまい。

自民党がとるべき行動は、早急に自らの社会保障と税制の改革案を取りまとめ、堂々と与党に、国民に示すことだ。そして、与党に対しても、素案ではなく、合意された大綱の提示を求めるべきであろう。(そのプロセスで民主党の分裂、自壊も想定されるが…)

今からでも遅くない。自民党には責任政党として、国益のために小異を捨てる王道の政治を期待したい。
政権復帰はその延長線上にあると、私は確信する。

国民の声

新年が明けて早や10日が過ぎた。年末年始恒例の民族大移動も一段落し、街行く人々の姿にも日常生活の空気が漂い始めている。
そんななか、総選挙が視野に入ってきた永田町では、通常国会召集を前にして対決モードを前面に押し出した発言が目につく。

我が国の内政を見渡せば、数ある課題の中で、まず、最優先で処理すべきは消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革だろう。
「不退転で臨む」「私のこれまでの政治生活の集大成」と、この問題についての野田総理の決意は並々ならぬものがある。昨年末には自ら民主党税調で弁舌をふるい、何とかかけ込みで政府素案のとりまとめを終えた。そして、「誰が政権を担当しても避けて通れない問題」と、野党に協議を呼びかけようとしている。

だが、一方の野党側は「マニフェストで言及していない消費税の引き上げ法案を提出するのなら、ケジメとして解散総選挙で国民に信を問うのが筋だ」との主張を繰り返すばかりで、今のところ協議の糸口は全く見えてない。
しかし、このような政局優先の頑な対応には、違和感を覚えざるを得ない。

我々自民党は、2009年の衆議院選挙で「与野党協議会の設置」、2010年参議院選挙で「消費税は当面10%とし、全て社会保障に充てる」とマニフェストで言及した。所得税法附則で「平成23年度までに消費税を含む税制の抜本改正に向けた法制上の措置を講じる」旨を宣言したのも自公政権だ。
これらの主張を鑑みれば、早速、政府素案を吟味し、改善の意見を提示することこそ責任野党のあるべき姿ではないだろうか。

もちろん、総理のサイドにも、野党を協議のテーブルに呼び寄せる努力が足りない。
解散総選挙を経ずして、マニフェストを撤回するに等しい政策転換を行うのであれば、民主党代表として国民にその理由、すなわち過去の政策論の誤りを真摯に説明し、マニフェストを総括する必要がある。
謝罪すべきは謝罪し、その上で消費税引き上げの理解を求めるべきだ。

民主党内には、未だにマニフェストの変更について強い反対意見があるが、苦しい言い訳や辻褄合わせで自らを正当化するべきではない。
「こども手当」を「子どものための手当て」と名称変更するなどに至っては、姑息な方法で笑い話にもならない。
私の年末年始の対面世論調査(忘年会、新年会)でも、誰もが民主党マニフェストの虚構を見抜いていた。
いずれにしても、マニフェストの成果に対する評価は次の総選挙で国民が判断することだ。

総理の度重なる呼びかけにも関らず、自民党が協議の門前払いを続ければ、国益よりも党益優先の政党との非難を受けるだろう。
政府素案には、社会保障給付の削減努力の不足や消費税引き上げ時期の遅さなど改善すべき点も多い。増税より行政改革が先決という声も、もっともだ。
このような政策の中身こそ国政で議論すべきテーマであり、政策論にしのぎを削り、雌雄を決する場が国会である。

マニュフェスト総崩れの民主党にも、政府与党の失政追求に専念する自民党にも、国民はうんざりしている。
来るべき通常国会では、挙げ足取りのごとき非難合戦より、未来に向けた政策形成型の議論を期待したい
。政権奪還はその延長線上にしかないと、私は確信する。

2012年 年頭挨拶

明けましておめでとうございます。健やかな初春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

今年は世界的な選挙イヤー。3月のロシアを皮切りに、フランス、中国、米国など主要国で新リーダーの選択が行われます。各国で内政重視の保護主義的な政策が進むとすれば、EU発の世界経済危機は益々深刻化するかもしれません。貿易・投資ルールの確立や為替の安定に向けて、先進国と新興国の協調体制、G20の枠組みの力量が試される時と言えるでしょう。経済大国日本も世界を相手に論陣を張らなくてはなりません。

一方、国内では戦後の時代潮流を作ってきた「団塊の世代」が65歳に達し、いよいよ高齢者の仲間入りを始めます。800万人を超える人口の山が一挙に高齢化する様は、本格的な少子高齢の人口減少社会の始まりとも言えるでしょう。社会保障制度の見直しはもちろん、高齢者の就労や社会貢献、生きがいづくりなど、新しい人口構造に適合した経済社会システムの再構築が急がれます。

国際的な政治経済の激変と世界に例のない急速な少子高齢化。このような大転換期にこそ、未来への構図をしっかりと描き、具体策を国民に示し、そして合意形成を図ることが政治に与えられた使命です。

長期化するデフレ経済への対応、円高による産業空洞化対策、地域間の格差拡大への対処、破綻必至の社会保障制度の再構築、税制抜本改正を含む国家財政の再建、自由貿易を基調とする通商交渉の妥結、そしてアジア太平洋の安全保障体制の確立。
日本の行く手には難題が山積し、まさに課題先進国の状況にあります。
しかし、これらの課題の克服は、世界を先導する処方箋となり、日本に続くアジア諸国の範となるでしょう。現状維持肯定の抵抗勢力に臆することなく、未来に向けた責任ある改革案を提案し続けなくてはなりません。

政権交代から早や2年4ヵ月、混迷を極める政治に一石を投じるべく、そして、ふるさと播磨の発展に向けて、日々邁進して参ります。
今年も格別のご指導とご鞭撻をお願いいたします。