科学技術政策の立て直し

昨年、31年ぶりに貿易収支が赤字となった日本。確かに東日本大震災や急激な円高が、収支悪化を加速したのは事実だが、その凋落は長期的な傾向だ。
明治維新以来、永らく日本経済の基調となってきた加工貿易=原材料を輸入し、製品に加工し、輸出で稼ぐという仕組みが大きな曲がり角を迎えていることは間違いない。

我が国が、将来的に持続発展可能な社会を実現するには、新たな成長モデルを構築しなければならない。天然資源に乏しく、しかも人口が減少していく日本がこれからも繁栄を維持するために、今こそ国是として科学技術を振興しその成果を活用する「科学技術創造立国」を実現しなければならない。

以前、この稿で取り上げた「SACLA」(※X線自由電子レーザー)が3月7日から本格稼働を始める。この施設の価値を一言で説明するのは難しいが、オープニング式典で理化学研究所の野依理事長が「日本の誇り、ナショナルプライドだ」と発言された。このノーベル賞科学者の言葉が示すごとく重要な研究開発施設ということだ。
※太陽光の1千京倍という極めて明るい光で、原子レベルの動きを観察できる

秋には、世界最速のスーパーコンピュータ「京」も共用を開始する。
これらの施設は、国家基幹技術プロジェクトとして開発してきたものであり、性能は世界に誇るレベルに達している。しかし、この開発レベルを維持し、巨費を投じた施設群を使いこなしていくことはそれほど簡単ではない。

一つは、人材の問題。
前述の野依博士をはじめ、小柴、田中、小林、益川、田中、下村、鈴木、根岸、南部(国籍は米国)と、今世紀に入って日本人ノーベル賞受賞者が続出している。しかし、その研究成果の多くは、数十年の継続によるものだ。それだけ持続的な、粘り強い努力が必要という証だろう。

このハイレベルの研究力が今後も維持できるかというと、少々心許なくなる。
科学論文数はこの10年間に米英に次ぐ3位から中独に抜かれて5位へ転落した。
論文の質を判断するメルクマールである被引用度も、OECDや同盟国の中で日本は21位にとどまる。知的財産確保の手段である特許出願数も2010年には中国に抜かれ3位となった。
科学技術の水準を支える高等教育(大学、大学院)の国際比較でも、2011年世界大学ランキング200傑では東京大学が30位、京都大学が52位といった状況である。

子どもたちの「理科離れ」が叫ばれてから久しいが、この解決には科学の楽しさを幼少期から教えることこそ重要だろう。何もすべての子どもに難解な数学、理科を学ばせる必要はない。あらゆる分野で個性を伸ばす教育、競争を肯定し、出る杭を伸ばす教育こそが求められるのではないだろうか。平等に重きを置きすぎた「ゆとり教育」は、高度な人材育成という意味では大きなマイナスであったとも言える。

もう一つの課題は、科学技術政策の総合調整能力と戦力性の欠如だ。
日本が「科学技術立国」をめざすためには、国を挙げての戦略が必要なことは言うまでもない。文部科学省(旧科学技術庁)だけがいくら頑張っても、成果は得られないのだ。

このため、平成13年の省庁再編で内閣府に総合科学技術会議が設置され、この会議が企画立案する基本方針の下に研究開発が行われることになった。しかし、まだまだ、各省庁が提案する研究開発予算を調整する役割から抜け出せていない。(永年科学技術政策に携わって来た私としても、自らの非力を恥じなければならいが…)

ただし、法的枠組みの上では、総合科学技術会議には国家戦略会議と同じく、国の重要基本政策の立案の役割を与えられている。要は運用方法であり、政治が強い意志を示せば、より強い権限を発揮し、国家目標を定め、各省庁のみでなく学界、産業界も含めて集中投資を行うような仕組み、戦略と呼ぶにふさわしい方針を策定できる筈なのである。

現在の情況、世界ナンバーワンを目指さないような科学技術政策(?)が続くのならば、我が国は厳しい国際社会の競争に勝ち残ることはできない。TPPを始めとするEPA(経済連携協定)により、知的財産を取引する国際ルールを確立することも急務だ。

日本が新たな地平を切りひらくため、今こそ「世界ナンバーワンの科学技術創造立国」の実現に向け、全力を傾注すべきときだ。