国葬に思う

8日夕(日本時間9日未明)、英国エリザベス二世女王陛下崩御の報が世界を駆け巡った。

女王は6日、滞在先のバルモラル城でトラス新首相を任命されたばかりだった。7日からは医師の勧告に従って休養をとられていたが、8日に英国王室から女王が専属医師の管理下にあるとの発表があり、その後、王室メンバーが続々とバルモレラ城に参集されていると報道されていた。1952年から70年に及んだ在任期間は英国君主としては最長で、共に激動の20世紀を歩まれた昭和天皇の63年をはるかにしのぎ、世界史でも十指に数えられる長期在位である。心からご冥福をお祈りしたい。

女王の「国葬」は、19日11時(日本時間午後7時)からロンドンのウエストミンスター寺院で執り行われる。我が国からも天皇皇后両陛下並びに岸田文雄総理の参列が検討されているほか、各国の君主・元首が参列し弔意を示すことになろう。

英国では慣習法の国であり、実体法上は国葬の定めはない。しかし、歴史的に国家元首を国葬とすることが慣例となっている。元首以外にも例外的に際立った功績を残した人物を国葬にすることもある。直近では第二次世界大戦を指導したャーチル元首相、古くはナポレオンのフランス・スペイン連合艦隊を撃破したネルソン提督、同じくワーテルローの戦いでナポレオン軍を破ったウエリントン公爵などである。

英国で国葬を実施する上でのポイントは、議会の承認だ。英国議会は「議会の動議によってそれ(国葬)は認められる」と説明している。国費が使われる以上、予算の議決権を持つ議会の承認を得る必要があるとの考えと思われる。

日本でも27日(火)に安倍晋三元総理の“国葬儀”が執り行われる。我が国にはかつて国葬令という法制度が存在した。しかし戦後まもなく廃止され、現在は英国と同じく法律の定めはない。それどころか、何のルールも確立していないため、安倍元総理の国葬の是非を巡って世論が大きく割れている。

総理は、内閣府設置法(4条3項33条)に則った国の儀式として、閣議決定を法的根拠としている旨説明し、多くの国民の理解を得ることを期待した。しかし、議論は平行線に終わり、残念ながら理解が進んだとは言えない。

27日の国葬実施は、既に世界に発信していることもあり、今更方針撤回はあり得ないだろう。しかし、国葬の実施が国民の意見を二分するようなこともあってはならないことだ。今回のような事態を二度と招かないように、静謐な環境下でしっかり議論し、できれば法制度の形でルールを定めておくべきである。

 

余談になるが、私には8月30日に亡くなられたゴルバチョフ元ソ連大統領の葬儀がロシア国葬ではなかったことが意外だった。彼がいなければロシアをはじめ旧東側諸国の経済発展はありえず、東西冷戦も終結していない。その後の世界史は大きく変わっていただろう。 20世紀を代表する政治家として彼を評価する声は世界中から寄せられている。ただ、ロシア国内の評価は必ずしもそうではないようだ。

「国葬」に値する人物か否かの判断は同国民が行うこととなる。その判断基準の集大成が法律である。ロシア国民は、本当に「ソ連を崩壊させたゴルバチョフ氏は国葬に当たらない」と考えられているのだろうか? それとも、正しい情報が流通していないのだろうか?