あれから一年

政治の世界では、政権は解散(勝利)で求心力を得ると言われる。

ちょうど一年前の11月9日(日)、 “消費増税先送りなら解散”との見出しで、某有力紙から早期解散説が発信された。当時、女性2閣僚の辞任騒動はあったものの、与党は衆院480議席中325議席を有し、政権運営上の支障は殆ど無いと言えた。衆議院は常在戦場とは言っても、前回の総選挙から2年も経過していない。

当初、永田町でも「よもやこの状況で解散は無いだろう」という声が支配的だった。

ところが総理の外遊中に流れは一転、政局は一気に解散・総選挙モードへと動き出し、あれよあれよという間に、21日には衆議院は解散となった。

 

野党は“大義なき解散”と喧伝したが、「解散は政権党にとって最も有利なタイミングでやるもの。理由は何とでもなる」とする金言もある。

直接の解散理由は、「消費税10%の引き上げを延期する。“景気回復、この道しかない”」とし、アベノミクスの成果を国民に問うというもの。これが“大義”といえるかどうかは後世の歴史の判断に任せるとして、選挙結果は与党の圧勝。475議席中、326議席(自民291、公明35)を獲得した。

 

小選挙区制は二大政党(一対一の対決)を想定して設計された制度であり、小さな政党が乱立する状況での意見集約には適さない。我が党が小選挙区の得票率48%で76%の議席を獲得したことが示すように、小政党からの多数立候補は死票を多くするだけだ。

 

中小政党は、まとまって大きな集団にならなければ、小選挙区では勝てない。まとまる過程では、当然、政策のすり合わせ、妥協点を見出すための努力が行われる。その結果、極端な主張は排除され、政権を担当できる穏健中道的な集団が形成されていく。

そうなるべきだった。そうなって政権担当力のある二大政党が、現実的な政策議論を行う政治の実現が、私が“さきがけ”の同志とともに目指した政治改革の基本だった。

 

しかし、実態は厳しい。一度政権与党を経験すれば、現実的な政策運営論が身につくものと期待していた民主党は、野党になったとたんに再び、与党批判の主張に終始するようになってしまった。先の通常国会の安全保障をめぐる議論のように、前向きな対案提言を放棄し、なんでも反対を繰り返す姿はとても責任野党とは言えない。

 

今、民主党と維新の党の間で、統一会派結成、政界再編、選挙協力といった動きがみられるが、民主党の中で意見が割れているようだ。選挙の勝利(候補者調整)だけを目的とせず、きちんと政策のすり合わせ行い長続きする新党・協力関係を作ってもらいたい。

 

“大義”の有無が問われるような解散、求心力を高める恣意的な解散をさせないように政権与党を縛るのは、いつでも政権交代できる責任野党の存在しかないだろう。国会を政策創造の場とするためにも、本物の“影の内閣”の存在が望まれる。次の総選挙までに国民のみなさんに選択肢と言える二つの政策方針が示されるか?

一強多弱の政界にあって、来年の参院選が野党協力の試金石となる。

 

自民党はこの15日に結党60周年を迎えた。引き続き政権を担当するには、驕ることなくしっかり党内議論を深めていかなければならない。

国会改革

安保法案の審議のために95日という長期の延長となった今年の通常国会、9月27日の閉幕から早や一カ月が経過しようとしている。

10月7日には第3次安倍改造内閣も発足、副大臣や政務官、恒例の政策調査会をはじめとする自民党内の一連の人事もほぼ一段落した。永田町もいささか閑散とした感がある今日この頃だが、水面下では臨時国会の開催を巡って与野党の駆け引きが繰り広げられている。

 

民主、維新、共産、社民、生活の野党5党などは21日、憲法53条に基づく臨時国会の召集要求書を提出した。要求書ではTPP(環太平洋経済連携協定)について大筋合意に至った経緯の説明や、内閣改造で新たに起用された閣僚の所信表明と質疑などが必要と主張されている。

 

これに対して政府は、安倍首相の外交日程が立て込んでいることなどを理由に年内召集を見送る方針だ。TPP等の報告・審議については、予算委員会の休会中審査を開催することを検討していると言われているが、私はこれらの方針には賛同できない。

野党の臨時国会開催を求める趣旨は極めて妥当なものであり、その要求を拒否することは政治的に正しい選択と言えるのか否か、慎重に検討する必要がある。

 

憲法53条は「いずれかの議員の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と規定しており、召集期限は定めていない。つまり、年内の臨時国会を見送り、来年の通常国会の召集時期を早めるという対処を行っても憲法違反とはならない。だが、国民には極めて分かりにくい処置ではないだろうか。

 

安保法制についての違憲論争の余韻も消えていない現在、「自民党は憲法を軽んじている」と悪宣伝に利用されるおそれがあるし、「政府は政策議論を逃がれている」と言われても仕方がないだろう。

無投票再選により党内基盤を固め長期政権も視野に入っている安倍総理には、野党の開催要求に応じて、堂々と論戦を挑んで欲しい。

 

ただ、野党も国会審議に対する態度を改めるべきだ。

これまでの様に首相に過度の国会出席を求めていては、国政が停滞しかねない。民主党の高木国対委員長も「首相の外交日程は配慮する」と言っているのだから、これを実践してもらいたい。各委員会での審議についても、副大臣対応を広く認めるなど効率的な運営手法の導入を進めるべきだろう。

 

短期間とはいえ、政権を担当した民主党議員の皆さんは、過度に閣僚を拘束し、政府の日程を縛る国会運営の現状を体感し、改革の必要性を理解されている筈だ。万年野党をめざされるのであればともかく、責任野党を名乗るのであれば共に改革を進めて欲しい。

 

まずは、この晩秋の臨時国会対応。

野党から改めて、政策議論重視の効率的な審議運営への協力を提案し、その上で政府与党は臨時国会の召集を受け入れる。召集したからには、閣僚のスキャンダル探しといった政局論争に時間を浪費することなく、国民生活に係る政策実現に必要な議論を堂々と行う。これこそ国民が求める国会の姿だろう。

 

政治の信頼回復のためにもこの臨時国会を国会改革のスタートとすべきだ。

日本の誇り

ラグビーのワールドカップで“桜ジャージ”が南アフリカとサモアに快勝!

スコットランドには敗れたものの、今までラグビー弱小国と評価されていた日本が、世界ランキング3位で優勝候補の南アに歴史的大金星を挙げ、フィジカルで圧倒的な差があるサモアにも圧勝したことで、俄かラグビーファン(私もその一人だが)が国民の間で一気に広がった。

 

4年後、2019年のワールドカップは日本で開催される。この大会を大成功に導くには、地元日本のラグビーが強くなり、国民の人気が高まることが第一。惜しくも決勝トーナメント進出は逃したものの、明日(12日)のアメリカ戦でも選手たちが大活躍し、勝利を得ることが、強さの証となりファンの拡大と定着につながるだろう。

 

そんなイングランド発のラグビーニュースで盛り上がる日本に、ストックホルムからも朗報が連続した。二人の日本人科学者のノーベル賞受賞である。自然科学分野の医学・生理学賞に大村智氏、物理学賞に梶田隆章氏が栄誉に輝いた。

 

大村氏は、細菌の発見とそれによる感染症治療の医薬品を開発し、河川盲目症と呼ばれる風土病から症状の悪化や感染を防ぎ、多くの人々を失明の危機から救ったことが評価された。

梶田氏の授賞理由は、物質を構成する最小単位である素粒子の一つ、ニュートリノに重さがあることを発見、物理学の常識を覆したことだ。

 

昨年に続く今回の受賞ラッシュは、大いに国民を勇気づけてくれた。街頭インタビューで最も多かったのは「日本人として誇りに思う」との言葉。今世紀に入ってから自然科学部門の受賞は16人となり、アメリカに次ぐ第二位だ。我が国の基礎研究力の層の厚さを実証している。科学技術政策の推進をライフワークと考えている私にとっても、これほど嬉しい知らせはない。

 

科学技術政策の基本方針は、1995年制定の科学技術基本法に基づく科学技術基本計画で定めている。私自身も毎回この計画の策定に深くかかわっている(現在第5期計画策定中)が、2001年に定めた第2期計画では「ノーベル賞に代表される国際的科学賞受賞者を欧州主要国並みに排出すること。50年間でノーベル賞受賞者を30人程度輩出」という数値目標を掲げた。当時は「大胆で意欲的な目標」と言われたが、今やクリアして当然の通過点のような気がしてきた。

 

ただ少し心配なことは、“子どもの理系離れ”や最先端科学分野への“留学生の減少”である。基礎研究は成果の発揮までに非常に長い時間が必要となる。教育は国家100年の計といわれるが、計画的な人材育成無くして科学の発展はあり得ない。一連のノーベル賞受賞が若者たちの探求心に火をつけ、我が国の科学技術振興に追い風となれば幸いである。

 

偉業を成し遂げたにもかかわらず謙虚な姿勢で記者会見に臨んでおられる受賞者の二人の姿は、私たちに日本人としての誇りを感じさせてくれた。桜ジャージをまとい一団となって戦い、君が代を歌う日本代表の選手達の姿も然り、日本への“誇り”こそが、ふるさとの明日を拓くのかもしれない。

塩爺逝く

去る9月19日、「塩爺(しおじい)」の愛称で親しまれた元財務大臣、塩川正十郎先生が、93年と11か月の人生を終えられた。24日の告別式には、小泉元総理をはじめ政財界から2000名もの方々が参列され、故人の功績を称え、冥福を祈った。

 

私は、23日の通夜に伺い、恩師とのお別れをさせていただいたが、御霊前の朗らかな遺影を前に30年前の光景が脳裏によみがえった。この方の行動がなかったら私が政治の道を歩むことはなかったのだった。

 

父・元三郎は昭和58年(1983)、11回目の衆議院議員選挙で初めて敗戦を喫し、二年後の60年5月、捲土重来の思いを抱いたまま他界した。その直後から、父の支持者から私に対して、次期総選挙への出馬、東播磨の保守の議席奪還を求める声が数多く寄せられた。父が師事していた福田赳夫元総理など、今思えば錚々たる方々からもお声がけをいただいた。しかし、当時の私には政治の道に進む意思は全くなかった。

 

その気持ちを動かしたのは、当時勤務していた日建設計の社長の言葉。「お世話になったお父さんの支持者の期待に応え、世のため人のために仕事をすることも一つの人生の選択だ。我が社は大会社だ。君一人居なくなっても大きな影響はない。」と強く背中を押されたのだ。そして、社長に擁立話を持ち掛け、私への説得を要請したのが、塩川先生だった。

 

春風駘蕩を思わせるその風貌に、独特の大阪弁でユーモア溢れる語り口。テレビ画像で見ると非常に温厚そうに見えるが、その裏に隠された短気で怒りっぽい実像を表すニックネームが“瞬間湯沸かし器”。

私も若手代議士の頃、「君は何を考えてんねん!」と、大きな声でよく叱られた。ただ、怒るのはその瞬間だけで次にお会いした時は、おとぼけなのかすっかり忘れている素振り。後に残らない「さわやかな」怒り方だ。故に与野党を問わず広く人望を集めることができたのではないだろうか。

 

40年以上にわたる政治生活のなか数々の要職を歴任されたが、誰もの記憶に残るのは平成13年(2001)からの財務大臣時代だろう。小泉総理のサプライズ人事で、79歳の長老財務大臣に就任され、第一次小泉内閣の看板大臣として構造改革の旗振り役を務められた。

一般会計が懸命の経費削減努力に取り組む最中、特別会計では従来どおりの放漫財政が続いていることを揶揄し、「母屋でお粥をすすっている時に、離れですき焼きを食べている」との表現は名言として語り継がれている。

 

平成15年(2003)、政界を引退されるにあたって、「人生(終了)のホイッスルが鳴るまで若干のロスタイムがあると思うので、大事に使いたい」と語られた。

その言葉どおり、引退後は東洋大学総長、関西棋院理事長を務められる傍ら、10年にわたり政界のご意見番として大所高所からのご提言をメディアに発信された。

 

今の政治の情況を見て、塩川先生ならどの様な発言をされるだろうか。

あのダミ声がもう聞けないと思うと寂しい気もするが、今はただ、大先輩のご冥福をお祈りしたい。

安保法案成立

今国会の最重要課題であった“安全保障関連法案”(平和安全法制整備法と国際平和支援法)が、19日(土)未明に成立した。

5月26日に審議が始まって以来、衆院116時間30分、参院103時間32分、合計220時間もの時を費やした。しかし残念ながら審議内容は深まらず、合憲違憲の入り口論に終始し、平和憲法の下での集団的自衛権行使の限界、国際平和協力の在り方といった本質議論には至らなかった。そして終局はご承知のとおり、3昼夜を要した参院の攻防の末に、ようやく成立に至った。

16日の地方公聴会以降の委員会審議は、民主党を中心とした野党のなりふり構わぬ行為をきっかけに混迷を呈した。まずは、鴻池委員長を閉じ込めるために理事会室前をピケ占拠。17日には理事会の開催場所をめぐる紛糾、委員長不信任動議の提出、その否決直後の質疑打ち切りの動議、と続き、総括審議が行われないまま法案の採決が行われた。怒号と揉み合いで騒然となった委員会室の情況は、報道のとおりである。

法案に反対する野党の一連の徹底抗戦に対して、高村副総裁は「野党の行き過ぎた抵抗」等と言及されていたが、同感である。

問責決議の連発、ピケ、フィリバスター(長広舌)等々、野党は様々な手段で法案成立阻止を試みたが、採決時の乱闘シーンは見るに堪えないもの、首絞め、委員長席へのダイビングなど、とても子どもには見せられるものではなかった。海外メディアにも「先進国で、民主主義国家の日本」の乱闘騒ぎと紹介された。恥ずかしい限りである。どうにかならないものか。

1951年の講和条約締結、60年の日米安保改定、そして今回の安保法制の整備は、戦後の我が国の安全保障政策にとって大きな転換点となる。

私のこの問題についてのスタンスは7月の衆院通過時のコラムでも言及したが、「憲法改正が望ましいが、極めてハードルが高く時間がかかりすぎる。我が国を取り巻く状況や国際情勢を見極めた時、国民の生命や生活の安全を保持するためには、憲法解釈変更によって限定的に集団的自衛権を容認し、抑止力を高めることが現実的な選択だ」とするもの。

中国の一途な海洋拡張路線や北朝鮮による大都市ミサイル攻撃の恫喝は、40年前の北東アジアには存在しなかった。9月3日の天安門での軍事パレードを観て、軍事バランスが大きく変化しつつあると懸念される。一方で日本が安全保障を依存してきた米国は、もはや世界の警察としての役割和果たす国力を失っている。

この現実に対応するための選択が、現行憲法下で行使しうる集団的自衛権等を定める安保法制の整備である。

ただ、法案審議の過程で、憲法論争があおられ、戦争法案、徴兵制導入説といった暴論が主張されたこともあり、多くの世論調査が示しているとおり新法制の趣旨が国民に理解されているとは言いがたい。

第189国会はまもなく幕を閉じるが、与党の議員は地元に帰ってからも一人でも多くの有権者に対して説明責任を果たし、理解者を得る努力をしていく責務がある。

総裁選の行方

3年に一度の自民党総裁選は8日告示、20日投開票のスケジュールで行われる。 当初の予想では安倍総理の無投票再選が確実視されていたが、初の女性総理を目指していると言われる前総務会長の野田聖子氏が出馬への意欲を見せていると報道され、政局が流動化の様相を齎してきた。

野田氏は2日札幌市内で開かれた講演会で「自民党総裁は皆さんの審判(無投票)を受けずに首相になって3年間、この国の舵取りをする。皆さんとの絆をきちんと作っておく必要がある」と述べ、改めて選挙戦の必要性を強調した。野田氏はここ数日、総裁選出馬に必要な20人の推薦人確保に向け、「協力してくれる仲間にこつこつと呼びかける」努力を続けていると報道されている。私にも旧知のメディア記者からの問い合わせが喧しいが、告示前日の今日7日時点でも推薦人確保の目処は立っていないようだ。

一般論として、「総理大臣に直結する自民党総裁選は無投票ではなく選挙が行われるべきである」との主張は、ある面では正しい。

選挙期間中の街頭演説や各種の討論会は、テレビを中心としたメディアへの露出といった点で、我が党の政策を国民に広くアピールできるし、人材の層の厚さも知らしめることができる。政党として直に国民へアプローチできることは、我が党への関心と理解が育まれ、国民政党としての支持基盤拡大に大きく寄与すると思う。 だからと言って、野田氏が言う「無投票再選阻止」だけでは立候補の大義とはなり得ないのも事実である。

既に、党内7派閥をはじめ無派閥の各グループからも安倍支持が表明され、安倍総理の再選が確実視される情況も、野田氏の推薦人確保を困難にしていると思われる。 更には、総裁選スケジュールが現下の最重要法案である“平和安全法案”の参院での採決時期と重なり、選挙戦が法案成立に大きな影響を及ぼすことも野田氏には逆風だ。

山東派会長の山東昭子元参院副議長は3日「野田さんが意欲を燃やしているのは頼もしいが、平和安全法案は大事な法案だ。党内での戦いは時期が悪い」と言及したことは、党内事情を象徴的に語っていると言えよう。

今回総裁選が実施されれば、私が党・政治制度改革本部長として取りまとめた総裁選規程ではじめて行われる選挙となる。党員票と党所属国会議員票を同数に割り振り、より開かれた国民政党として党員の意思を反映する制度改革を目指したもので、私としては改革の成果を問う意味で選挙をやって欲しい気持ちもないではない。

このままの状況ではおそらく無投票再選になると予想される。党の総裁を自ら選ぶ党員の権利が行使されないことに、いささか申し訳ない気もするが…。

平和の誓い

今年もまた終戦記念日(8月15日)がやって来る。

先の大戦を実体験された方々は、年々少なくなっていくが、我々日本人は戦争の悲惨な経験、アジア諸国に与えた影響をしっかりと未来に引き継いでいかなくてはならない。そして、平和への誓いを新たに世界に発信する。終戦記念日はそんな一日としなければならない。

 

幸い、今でも8月になると大戦にまつわる報道やドラマなど、多くの特別番組が見られる。戦後70年の節目となる今年は、沖縄米軍基地問題や安全保障法制の国会審議とも相まって、過去を振り返るドキュメンタリーが例年より多数制作されているように思う。

なかでも「日本のいちばんながい日」。映画の宣伝をするつもりはないが、終戦の玉音放送にたどり着くまでの一昼夜、始めてしまった戦争を終わらせることがいかに難しいかを描いた秀逸な作品だ。

 

全国各地でも様々の追悼行事も行われている。6日には広島で、9日には長崎で原爆犠牲者を悼む平和祈念式典が行われ、多くの参列者が数多の御霊の鎮魂を祈り、平和への誓い新たにした。

 

私は10日に、地元加古川市の日岡神社で催された“戦没者慰霊祭・重巡「加古」慰霊祭”に、地域の皆さんと一緒に参加させていただいた。祭事は、日清戦争の戦没者を顕彰する「義勇奉公之碑」(明治29年建立)前で、厳かに執り行われた。

この神社では、かつて戦陣に散った英霊を祀る慰霊祭を毎年行っていたという。昨年、途絶えていた祭事を再興するとともに、今年は「加古川」に由来する旧帝国海軍の重巡洋艦「加古」の慰霊祭も合わせて挙行された。その艦内には日岡神社から“日岡大神”が分霊されていた由縁でもある。

 

14日には安倍総理が「戦後70年談話」を発表することになっている。

この談話の原案をまとめるために有識者会議が組織され、すでに議論は終わり、報告書が提出されているが、私はその内容は全体的に評価すべきものと思う。

あとは、この原案をもとに、総理がどのような味付けをするか? 具体的な表現ぶりは発表当日までわからないが、歴史と真摯に向き合いその反省の上に立って、日本のこれからについて未来へのメッセージとなるものにして欲しい。

 

15日には日本武道館での「全国戦没者追悼式」に参加する。国政に参画する者の当然の責務との思いから初当選以来、機会を与えられれば(議席を有していれば)必ず出席してきた。節目の年に、改めて戦没者を追悼するとともに不戦と平和への誓いを新たにしたい。

 

※「加古」級の巡洋艦は船体の大きさの割に大砲、魚雷などが重装備で高速性能を有していたため、大正15年の建造時には、世界の海軍関係者を驚愕させた。一説では、当時世界一の海軍力を保持していた英国から設計図購入オファーがあったともいう。

「加古」は大東亜戦争当時には旧式艦と言わざるを得なかったが、開戦から奮戦をつづけた。だが、昭和17年8月10日、大戦果を挙げた第一次ソロモン海戦の帰路、米潜水艦の魚雷攻撃により沈没した。718名が乗艦していたが、うち戦死者68名を数える。

日本の夏

今年は台風の当り年かもしれない。7月までに13号も発生したのは26年ぶりのことだ。また、例年ならこの時期、中国大陸に向かうはずの台風が、11、12号と相次いで日本列島に上陸。梅雨前線上に停滞する雨雲とも相まって各地で豪雨被害を被った。なかでも岡山から鳥取にかけて横断した11号は、兵庫県下にも記録的な大雨をもたらした。

2つの台風が通過し、日本列島が梅雨明けするとともに、高気圧は北西へ移動し、日本列島の真上に居座り、列島各地で35度を記録する猛暑の日々が続いている。

地球温暖化の影響か、従来の“定説”が通用しない気象が世界各地で発生している。台風に限らず異常気象への備えを高めていかなければならない。当面は、南の海上で発生した台風13号の針路に注意しながら、適切な水分補給、無理な屋外作業を避ける等々、「熱中症」への備えにも気を配っていただきたい。

そんな暑い日本の夏には、夕涼みを兼ねた花火大会、夏祭りがよく似合う。東京では、7月25日に隅田川花火が催され、96万人もの見物客が約2万発の花火を堪能した。

東の隅田川と並ぶのが、西のPL教団の花火大会、こちらは1日に開催され、2万発と言われる花々が大阪の夜空を飾った。もう30年以上前のことになるが、サラリーマン時代に神戸のマンションからも遠望した花火も華やかだった。

ふるさと播州でも2日に加古川まつり花火大会が催され、夜空に舞う約5,000の花火に大いに盛り上がった。花火大会の前日の土曜日は夏祭りのピーク、加古川や高砂・加古郡の各所で夏祭りが行われ、私も出来る限り参加させていただいたが、盆踊りや手作りの夜店で賑わっていた。

ほとんどのイベント主催者は地域ごとの町内会連合会。そして担い手は、PTA、少年団や婦人会などの地域団体だ。住民自らが夜店や盆踊りの主体となり、そこに地域の方々がこぞって集う姿。これこそ “地方創生”の原点と言えるのではないだろうか。

今、全国各地の自治体で、人口減少に打ち勝つべく「地方創生戦略」の策定に向けた議論が繰り広げられている。先祖代々受け継がれてきた“ふるさと”の未来を拓くのは、地域住民一人ひとりの故郷を愛する心だ。国の示した指針どおりの画一的なプランは廃し、自らのアイデアで、個性あふれる、ちょっと変わった播州らしい発展方策を描いてもらいたい。

6日からは高校球児の夏の祭典が甲子園で始まる。

今年は大阪の豊中球場で行われた第1回全国中等学校優勝野球大会から数えて、100周年となる記念すべき大会だ。地方大会を猛暑の中で勝ち抜いてきた球児達の熱い戦いに、ふるさとも熱い応援を繰り広げることになるだろう。

安保法制

第189通常国会の最重要法案であり、我が国が行使し得る集団的自衛権等の限界を定める“平和安全法制整備法案”が、先週16日の衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。

私の安保法制に関する考えは過去にこのコラムでも言及している通り、「憲法改正が望ましいが、極めてハードルが高く時間がかかりすぎる。現在の日本列島を取り囲む情況や国際状況を見極めた時、国民の生命や生活の安全を保持するためには、まずは現行憲法の解釈変更によって限定的に集団的自衛権を容認し、抑止力を高めることが現実的だ」というもの。極めて政治的対応であるが、やむを得ないと思う。

とは言っても安全保障政策の大転換である。国民の理解を得る必要があることは言うまでもない。衆院特別委員会の審議を通じて理解が進むことを期待していた。しかし116時間に及ぶ審議は行ったものの、内容はすれ違いの口げんかに等しいやりとりの連続、国民の理解が進んでいないことは各種世論調査でも明らかだ。

いくら審議時間を確保しても、これだけ論点がずれてしまっていては、議論は深まらない。野党側の論点は総じて、「法案の合憲性」、「アメリカの戦争に巻き込まれる可能性」、「自衛隊員のリスク」といった漠然とした入り口論に止まっている。

一方で、法案で定めようとしているのは、集団的自衛権行使の合憲を前提としたうえで、「存立危機事態」「重要影響事態」といった武力行使や後方支援等の限度を具体的に定める用語の定義である。いわば日本が国際社会で責任を果たすための自衛隊の行動原則を定める規定である。

自衛隊の存在そのものを否定する政党はともかく、政府与党を経験した政党であれば、国際政治の中で日本の置かれている立場や果たすべき責任は理解されているはずではないだろうか? 日本一国のみで自国の安全を守ることができないのは自明であり、またアメリカといえども一国で世界の警察機能を維持することは困難な時代となっている。

一方で、海洋覇権を声高に主張する国家の存在や国際秩序を乱すテロ集団の活動など、対応すべき国際課題は目の前に山積している。闇雲に入り口論で反対を繰り返すのではなく、「日本は世界の中でいかに行動すべきか」、「それを担保する法制度はどうあるべきか」について議論を行うことが国政を委ねられた者の責任ではないだろうか。

アメリカのみでなく英独加豪の先進国、ASEAN諸国も今回の立法措置=日本の集団的自衛権行使に賛意を表している。我々はこの期待に応えなくてはならない。

自衛隊員のリスクを問う声があるが、そもそも命をかけて国を守るのが隊員の責務であろう。国防力と言う意味では集団的安全保障の輪に加わらない選択の方がよほどリスクを高めるのではないだろうか。隊員の死傷率を下げるべき努力はもちろん行う。そのためにも、武力行使等のルールを明確にすべきだ。

アメリカの戦争に巻き込まれることを懸念しているくらいなら、日本の意志=「どういった場合に我が国が武力行使に踏み切るか」を法令で明確に示せば良い。我が国は自らの意志で武力行使の要否を決定するのだから。その意味で、国会承認が重要な意志決定手続きとなる。

衆議院で絶対多数を占めている与党としては、その気になれば数の力で法案を成立させることもできる。が、それは最後の手段であり、我々が望むのは現実を踏まえた政策議論を行うことである。

議論の上、必要であれば法案の修正も厭わない。故に、先般、維新の党から行われた自衛隊法等改正案、国際平和協力支援法案、領域警備法案等の対案提示は歓迎する。もう少し早く提案されていれば、より深い審議ができたのではないかと悔やまれる。

参院での安保法制審議においては、野党からの対案も含め、しっかりと法案の中身についての議論が行われ、国民の安全保障政策への理解が深まるように丁寧な審議が求められる。

セ・界情勢

中東におけるISISの跳梁跋扈、EUにおけるギリシャの債務問題、東南アジアでの領土領海紛争等々、洋の東西を問わず世界情勢は混沌としている。

これらの動向に歩調を合わせたわけではあるまいが、今年のセリーグ(セ界)ペナントレースも混沌としている。

我らが阪神タイガースは中日を相手に開幕3連勝を飾りスタートダッシュを決めたものの、その後は一進一退で負けが先行していた。セパ交流戦前5月24日の順位は21勝25敗、勝率0.4565の借金4の5位。

交流戦は10勝8敗で冴えなかったものの、セ・リーグのトップを独走していたDeNAが3勝11敗、巨人も7勝11敗で、なぜかタイガースがセントラルの1位だった。

そしてついに、7月3日(金)のセ順位表で、俄かには信じられない異常事態が発生した。1位ヤクルトは37勝38敗1分、タイガースは2位で36勝37敗1分。つまり、1チ-ム140試合のリーグ戦の過半を消化しオールスターが近づいている時点で、セで勝率5割をキープしているチームが不在、前代未聞のことだ。

その後、阪神タイガースは藤波の活躍などで首位に再浮上し、そのタイガースのみが5割(0.507)を超えている。ただし、ただいま首位と言ってもその内容を見るといささかお寒い内容である。

まず、7月5日現在の防御率3.85はリーグ最下位で得失点差は断トツの▲71、チーム打率も最下位の巨人に次ぎ5位である。盗塁数においてもタイガースは断トツの最下位、ホームラン数も4位と破壊力もない。こんな状況で首位に立っているのは、ベンチワークが優れているのか?、いや、それよりも甲子園のファンの皆さんの力にちがいない。

思えば初の日本一に輝いた1985年も戦力が高いとは言えなかった。クリーンナップの甲子園バックスクリーン3連発の豪快さのみが鮮明な記憶として残っているが、実はオールスターまでのタイガースは出塁するとバンドで進塁させて、掛布、バース、岡田でランナーを還させる。そして最後は投手リレーで逃げ切るといった地味な試合運びが必勝パターン。そして1985年もお折り返しのオールスター前は首位であった。

得失点差ダントツで防御率最下位である現時点のチーム状況は、30年前と何かオーバーラップするものもある。こじつけかも知れないが大いに期待!する。

決戦の8、9月に向けて今年も虎キチは「優勝」の2文字に思いを馳せる。

さて、国政の舞台では、党の若手議員の勉強会で不適切な発言により一時国会審議が紛糾した。応援団のつもりだったのかもしれないが、言論の自由を否定するような発言は言語道断である。

安全保障関連法案は、国民の生命と安全、生活を守るのみならず、日本が世界平和の一翼を担う礎ともなる法案である。今一度襟を正して、国民の理解を深めていく必要がある。

なでしこジャパンワールドカップ準優勝、連覇のプレッシャーの中で頑張った彼女達は偉い。心から拍手を贈り健闘を称えたい!