熊本地震

金本新監督率いる我が阪神タイガースは、対戦相手が一巡した4月10日までに通算8勝6敗1分けと、例年にもまして好スタートを切った。

今週のDeNA3連戦は水曜の雨天中止を挟んで2連勝、広島カープと同率で再び首位に躍り出た。快調である。

 

14日はTV放映がなかったので、夜のスポーツニュースを楽しみにしていたのだが、

その矢先、9時のNHKニュースの途中、9時26分頃に緊急地震速報が飛び込んできた。速報が画面に表示が出され『緊急地震速報です』、『熊本で震度7、マグニチュード6.4』と、女性キャスターが繰り返し何度も呼び掛ける。

 

阪神淡路大震災を経験している家内はテレビ画面に釘付けになって、余震の報道の度に『震度7というと神戸と同じよ。怖い~大丈夫かなぁ?熊本の同僚議員に連絡したら…』等々、完全に冷静さを失って心配している。

 

TV画面からは熊本市内中心部の情景は刻々と伝わるものの、肝心の震源地近くの被害情報は夜なので良くわからなかった。

震源の益城町では避難場所の体育館に400人の被災者が駆けつけたらしいが、天井の一部と照明器具が落下したので、野外の広場に多くの方が毛布にくるまって不安な夜を過ごされたと、朝のニュースで報道されていた。

熊本県災害対策本部がまとめた15日午前9時時点の被害状況は、死亡者9人、重軽傷者は886人。倒壊家屋多数で、火災4件。強い余震が続くなか熊本県内では一時約4万4千人が避難所に身を寄せたという。

 

災害は忘れた頃にやってくるといわれる。

私が本部長をつとめる党の教育再生実行本部は、4月4日に第6次提言をとりまとめ安倍首相に提出した。

その中には『学校は地域の災害時の避難場所であり、構造上の耐震化はもとより吊り天井などの非構造部材も含めた老朽化対策を万全に施し、更には地域コミュニティの拠点として、バリアフリー化や空調の整備も含めた総合的な安全性の確保が重要』と提言したばかりだが…。

 

今日から再開が予定されていたTPP特別委員会は、総理の震災についての報告のみで、今日は取り止めとなり政府は震災対策に最優先で取り組むことになった。

最近、東日本大震災の政府の初動対応についての議論がスタートしたが、とにかくス

ピード感が求められる。

 

補欠選挙や国会審議も重要ではあるが、今は与野党とも一致結束して震災対応に当たらなければならない時である。

 

東日本大震災の時に一部でみられた、政治的パフォーマンスや現場が混乱するような被災地訪問は、嚴に慎むべきである。とにかく初動が大事である。政府は党派を越えて協力して貰えるように情報提供する。各党がバラバラに現地に入るのではなくて、超党派の現地調査団を編成するなどして、被災地の負担軽減に心掛けるべきである。

 

そうでなければ、過去の教訓を生かした事にはならない。

一日も早い復旧を、その為に何ができるか、政治の真価が問われている。

民進党

民主党と維新の党は昨年末に統一会派を結成し、今年になって合流に向けた話し合いが行われていた。交渉は紆余曲折を経てようやく合意に達し、3月27日(日)、新たな党名を「民進党」として結党大会を開催した。これにより、国会議員156人(衆院96人、参院60人)の野党第1党が誕生したことになる。

 

政党の結成に際しては、本来どの様な政治理念の実現を目指すのかを明確に示し、活動の基本となる綱領の作成についての議論に力が注がれるが、それを後回しにして合流の方法論や党名に関する協議に多くの時間が費やされた感は否めない。

 

合流方法を巡っては維新の“吸収合併”を主張する民主党と、双方解党による“対等合併”に固執する維新との間で平行線が続いたが、最終的には民主党を存続させて、党名を変更した上で維新を吸収する形となった。

また、党名は「国民とともに進む政党」と思いを込め、「野党勢力を結集して、政権を担うことができる新たな新党を作る」とするが、結党大会の会場では国旗は片隅に掲示され、国歌は斉唱されなかったという。政権を担おうとする政党の姿かと疑問が湧く。

 

何よりも、政策の方向性が不明で、どの様な日本を作ろうとしているのかが見えてこない点が最大の問題点だろう。単に与党との対立軸としての合流新党では、価値観が多様化している我が国において魅力ある選択肢になるとは思えない。イデオロギー論争が終わった現在、保守とかリベラルと言った単純な言葉では政党カラーを表現することは難しいだろうが、国民の心に響くメッセージがなければ「選挙目当ての理念なき看板の掛け替え」、野合と言われても仕方がない。

 

執行部人事では、代わり映えのしない名が連なる中で、衆院当選2回の山尾志桜里氏が政調会長に抜擢された。山尾氏は、子供を保育園に入れられない不満を「日本死ね」と表現した匿名ブログを取り上げて首相を追求し、一躍脚光を浴びたのは記憶に新しい。

カウンターパートナーである自民党の政調会長は稲田朋美氏。与党と野党第1党の政策責任者が奇しくも女性というのは、安倍政権の看板政策“女性活躍時代”に配慮したキャストとの感がしないでもない。

 

また、両氏とも法曹一家で山尾氏は元検事、稲田氏は元弁護士である。最初の法廷対決(?)はNHKの日曜討論になるのだと思うが、政府与党の政策を追求する山尾検事、反論する稲田弁護士という構図を思い描くのは私だけではあるまい。相手の失策を攻撃する誹謗中傷合戦ではなく、具体的な法案制定につながる政策形成議論を期待したい。

 

一方、最近、我が党議員による不用意な発言が続いている。1強多弱と言われ、圧倒的な議員の数による政権与党の運営について、党内外から緊張感が欠如しているのではないか指摘されているのも事実だ。民進党の発足により、与野党間の良い意味での緊張感が高まり、我が国の政治に吉となることを望みたい。

 

29日には平成28年度予算案も成立する見通しだ。国会審議の重点は、TPP関連法案に移り、さらには伊勢志摩サミットに向けて外交政策、世界の景気浮揚に向けた経済対策等が後半国会の重要課題となるが…。

 

民進党の発足を契機に政局は一気に夏の参院選挙(衆参同時選?)に向けて走り出すことも間違いないだろう。岡田代表は「選挙戦で結果がでなければ9月の代表選には出馬しない」と、退路を絶って覚悟を示している。

迎え撃つ我々与党もより緊張感を持って、日々の活動に専念しなければならない。

あの日から5年

東日本大震災から5回目の3月11日を迎えた。

大震災当時は民主党政権下で、私は議席を失い充電中(浪人中)であった。その日は地元での”新世紀政経フォーラム”に出席するため、自宅で準備をしながら国会中継を見ていたのだが、突然画面の中の予算委員会室がガタガタと大きく揺れだし、東北地方で巨大地震が発生したことを知ることになった。

 

30分もたたないうちに、テレビに信じられない光景が映し出された。海面の水位が上昇し始めたと思う間もなく、どす黒い海水が濁流となって押し寄せ、漁船も車も、家も人も呑み込んでいった。地震と巨大津波による死者・行方不明者は1万8千人を超える大災害となった。

ただ、その時点では福島第一原発にシビアアクシデント(過酷事故)が起こっているとは知る由もなかった。

 

フォーラムが終わって帰宅後は、次々に報道される震災情報を明け方まで見入った。

翌日、フォーラムの講師をお願いした青山繁晴氏(独立総合研究所所長)にお礼の電話をした際、「渡海さん、福島第一原発が大変なことになっている、政府の発表は甘い。私の見立てでは原発の炉は間違いなくメルトダウンしていると思う」と言明された。青山氏は、政府から原子力委員会の専門委員(原子力防護専門部会所属)を委嘱されている方だ。福島第一原発1号機で水素爆発が起こったのは、12日の午後3時半すぎだった。その後に一連のシビアアクシデントを目の当たりにするが、氏の予想どおりの結果となった。

 

あれから5年。未だに原発事故による放射能汚染で避難生活を余儀なくされている方々は10万人以上を数える。

平成23年12月、事故の原因を探るため、憲政史上初めて国政調査権を背景に国会内に、民間人からなる“東京電力福島原子力発電所事故調査会”(通称:事故調、委員長は黒川清氏)が設置された。

 

半年後、事故調は「事故の直接原因は地震とそれに伴う津波によるものであるが、3.11以前の東電や規制当局の不作為による人災である」と結論づけると同時に、検証のために「国会に原子力に係る問題に関する常設の委員会などを設置する」提言もなした。

この提言を受けて、自公が政権に復帰した第183回国会(平成25年1月召集)から衆参両院に原子力問題に関する特別委員会が設置されているが、・・・。

 

今、自民党では事故当時を振り返って、「原発事故だけでなく、津波の対応なども含め震災当時の初動対応などを検証しなおし、経験を蓄積する組織を立ち上げようとする動きがある。節目の5年を迎え、もう一度検証を深めることに異論はないが、この種の作業は客観性をより高めるためにも超党派で行った方が良いだろう。

 

去る11日には被災した各地で追悼式が行われた。東京でも国立劇場で天皇皇后両陛下をお迎えしての政府主催追悼式が開催された。陛下は犠牲者へ深く哀悼を表され、「これからも国民が心一つに寄り添っていくことが大切」と述べられた。

 

安倍総理は「復興は確実に前進している。多くの犠牲の下に得られた教訓を、最新の英知を得ながら防災対策を不断に見直し、強靭な国づくりを進める」と表明した。

被災地・避難先の一日も早い生活再建に努力することが政治に求められている。この大惨事を風化させないように、しっかりと後世に伝え、次なる大震災に備えることも。

続・「選挙制度改革に想う」

予算委員会での野田前総理との議論を前にした18日。安倍総理は定数削減法案の今国会成立を目指す意向を表明し、谷垣幹事長に「アダムズ方式(※1)にもいろいろ問題があるが、それが基本だ」と伝え、衆議院選挙制度に関する調査会答申に沿った改革案をまとめるよう指示した。私の前号コラムの主張と相容れるものだった。

これを受けて、24日に示された新しい案は、①2015年度の簡易国勢調査結果に基づき、小選挙区定数を「0増6減」、比例4減とあわせ定数を10削減(アダムズ方式による都道府県間定数配分調整は不採用)。②定数配分の見直し時期は2020年の本格的国勢調査後とする。ただ、削減方法についての具体的な記述はなかった。

これでは、最高裁が違憲状態と判断し、廃止を求めた「1人別枠方式(※2)」を当分温存することになり、都道府県間調整を行わない分、当然、格差是正効果は小さい。

それでも党の会議では、「削減対象県の決定方法が不明解だ。恣意的に決められれば不満が出る」「被災地の声が小さくなる」など、不満が数多く出されたが、最終的に原案で連立与党の公明党と折衝を開始することは了承された。

安倍総理もこの案に基づき、26日の衆院総務委員会で、今回の改正は「0増6減」とし、アダムズ方式による都道府県の議席定数配分は、本格的調査となる2020年の国勢調査後にすべきとの考えを表明した。事実上、衆院定数の抜本的改革の先送りを容認した発言と言える。

このような中、2015年国勢調査速報値が発表された。格差2倍を超える選挙区は37となり、アダムズ方式で算定した場合の要調整選挙区は2010年調査の7増13減から9増15減に拡大した。

果たして「0増6減」の自民案でスムーズな協議に入れるのだろうか。このままでは折衝が暗礁に乗り上げることは、火を見るより明らかだ。

すでに、公明党の山口代表から「自公だけで協議するのはそぐわない。議長の指導のもとで合意形成を図るべきだ」。また別の幹部からは「2020年にアダムズを採用しても、それまでに行われる総選挙が最高裁判決に耐えられるのか」等々、自民案を牽制する声も上がっている。公明党幹部が言うように、このままの状態で衆院選が実施されれば、今度は「違憲」の判決が出るとも指摘されている。

どんな制度でもメリットとデメリットがある。選挙制度も同じだ。全国一区にすれば一票の格差問題は無くなるが、地域代表性が無視される。政党名の比例代表制も格差解消効果はあるが、人格を審査する機能がない。中選挙区も緩和策としては有効だが、一方で政党内での競争が生じる。様々な制度論の中から現行の衆議院選挙は小選挙区とブロック単位の比例代表の組み合わせを選択している。

そして、今直面しているのはその小選挙区制度につきものの一票の格差をいかにして解消するかという課題だ。最高裁は衆院選について3回連続で「違憲状態」にあるとの判決を出している。まさに「制度改正待ったなし」の状況にある。

調査会が提案したアダムズ方式は、一人別枠方式よりも格差を緩和しつつ、端数を切り上げることで人口が少ない県にも最低2議席を配分できる案であり、地域性にも考慮されている。今、現行憲法下で考えられる選択肢としては最善のものではないだろうか。

各党の思惑が複雑に絡み合い3年以上も先送りされてきた選挙制度改革。

これ以上の先送りは許されない。政治の信頼回復のためにも、選挙制度改革は今国会でやり遂げなければならない。

国会議員の役割は…

去る1月14日、”衆議院選挙制度に関する調査会”の答申が大島議長に手渡された。答申では、議員定数について「国際比較からすると多いとは言えない」としつつ、「削減案を求められるとすれば、10人削減して465人とする。」と提案している。また、一票の較差については「2倍以上の較差が生じた場合は直ちに最小限の是正を行う、ただし、都道府県を超える見直しは10年ごとの大規模国勢調査に基づく」とされている。

今般の改革議論の発端は、平成24年11月14日の党首討論だ。当時の野田総理から「国民に消費増税の負担を求める以上、国会も身を削る必要がある。次期通常国会で定数削減と較差是正を行う“選挙制度改革”を約束するなら解散してもよい」との提案があり、安倍総裁がそれを受け入れ総選挙となった。この討論をもとに、自民党、民主党はもちろん、多くの政党が選挙制度改革を公約に掲げた。

本来ならば、もっと早く、25年度にも改革の成案を得ていなくてはならないはずだ。

しかし、各党間、議員同士の議論をいくら繰り返しても改革案の取りまとめには至らず、26年に議長の諮問機関を設置し、議論を有識者の手に委ねることとなった。そして、佐々木毅氏(元東大総長)を座長とする有識者会議による17回に及ぶ審議を経て今回の答申に至った。

自民党として、この答申への対応を決定する会議が、先週10日に開催された。細田選挙制度改革問題統括本部長が取りまとめた執行部原案は、①まず、較差是正については(答申のとおり)2倍以内となるように選挙区定数の見直しを行う、②定数削減については平成32年の大規模国勢調査の際に実現するというものだ。10議席の定数削減は「都道府県を超える見直し」に該当すると解釈し、先送りする内容である。

私は、「この案では、野党はおろか公明党からも問題先送りとのそしりを受け、法案成立の見通しが立つのか疑問である。法案が成立しなければ、較差是正も実現せず、次の総選挙は違憲状態ではなく違憲判決が出るかもしれない。国民の眼には改革に後ろ向きの自民党と映る。」と主張した。

会議では答申そのものに反対する声から、私と同じく答申に沿った制度改正を急ぐべきだという意見まで、様々な意見が表明されたが、最後は執行部一任となり細田原案のとおり取りまとめられた。

閉会後、細田本部長を訪ね再度意見交換を行った。ここでの議論は最後まで平行線であったが、細田氏に「平成22年の国勢調査を基に直ちに10名削減と較差2倍以内の改正を行うとすれば、全国13県で小選挙区の数を減らす必要がある。62の選挙区が関わり、比例復活組も含めると59名の議員に影響が及ぶ。彼らにとっては死活問題である。今日の会議でも言いたくても言わないでじっと我慢していた者もいる。その気持ちを暖かく包み込む、自民党は血の通った政党でなければならないと思う」と言われた時には、返す言葉がなかった。

細田氏の選挙区は島根県。参議院の話ではあるが、この夏の選挙から鳥取県と合区される。高知県と徳島県も一つの選挙区になる。この4県の方々は「故郷の声が国政に届かなくなるのではないか?」との不安をもたれている。衆議院の小選挙区も一票の較差を重視して区割り変更を重ねれば、郡部ではとてつもなく広い選挙区が生まれ、総体的に都市部への議席集中が生じる。(それを避けるためにも、東京一極集中是正、人口の地方分散を進める地方創生が必要なのだが…)

今回の議論を通じて、私は「答申を尊重すべき」との考えから、早期改革実行を主張してきた。一方で較差是正の課題については、国会議員は憲法43条に定めるように「全国民の代表者」のみであるべきだろうか。むしろ「地域の代表者」としての性質も有するべきではないか、との問題意識もある。

ただし、14条の「法の下の平等」への抵触を避け、地域代表としての国会議員を創設するためには、憲法43条を改正しなくてはならない。

ここにも憲法改正に於いて議論すべき論点がある。

 

※衆議院選挙制度に関する調査会答申全文は、
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/senkyoseido_toshin.html
をご参照ください。

地球の悲鳴

穏やかな新年の幕開けから比較的温かい日が続いた今年の日本列島。
各地のスキー場では年末年始の稼ぎどきに雪がなく、関係者からは悲鳴があがっていた。
一方、はくさい、だいこんなどの野菜はすくすく育ち例年を上回る出荷量、その安値に台所には喜びの声、生産者からは嘆きの声が聞こえた。
そんな暖冬ムードを吹き飛ばしたのが先週24日からの大寒波の襲来。

沖縄本島で観測史上初、奄美大島では115年ぶりの降雪。長崎では観測史上最高の17センチの積雪を記録した。数十年に一度の寒気に覆われた日本列島各地で「記録的」「観測史上初めて」とかの言葉が飛び交った。
首都圏では降雪が交通網を遮断し、例によって通勤通学や物流が大混乱。めったに氷点下を記録しない西日本では水道管の凍結、破損、断水といった事態が数多く発生し、市民生活を脅かしている。私ごとで恐縮だが、高砂の自宅でも配管が2ケ所断裂した。

この大寒波の原因は、北半球を西から東へ吹く偏西風の大蛇行らしい。アジアではシベリアのツンドラから日本列島の南にまで寒気を運び、北米ではアラスカの吹雪を首都ワシントン一帯にまでもたらした。暖房器具が普及していない台湾で58名もの方が寒さで亡くなり、アメリカの東海岸一帯の諸州では大雪で非常事態が宣言され、政府機関が機能停止した。

地球規模の損害をもたらした偏西風の蛇行の遠因となっているのは、東太平洋の赤道付近の海水温上昇、いわゆるエルニーニョ現象といわれる。2015年のエルニーニョは史上二番目の高温を記録している。

大型化する台風、頻発するゲリラ豪雨。異常気象が頻発する列島だが、我が国だけの問題ではない。アメリカ南西部の干ばつ、欧州やオーストラリア、インドシナ半島の大洪水等々、地球規模の気候変動に伴う大規模自然災害が毎年発生している。これまでもこのコラムで何度か言及したが、「地球が悲鳴をあげているのではないか」との思いが、再び脳裏をかすめる。

気候変動の最大の要因は地球温暖化。産業革命以降の化石燃料の大量消費は大気中のCO2濃度を高め、地球の温度を徐々に上昇させている。その対策には世界各国の協力、地球規模での対応が求められる。

だが対応の具体化は簡単ではない。その最初の取組であるのCOP3(第3回気候変動枠組条約締結国会議、1997年)でとりまとめられた京都議定書は、日本とEU等で統一した削減率と目標期間を定めたものの、米中露の三大排出国が参画しない不完全なものとなった。以来20年近く、世界各国が地球温暖化対策の必要性を認めながら、COPは混迷を続けてきた。

その転機が訪れたのが昨年12月。COP21で合意した“パリ協定”は、ついに共通の目標=「共通だが差異のある責任」を定めることに成功した。「すべての国は状況に応じて目標を設定して温室効果ガス削減に取り組み、5年ごとに目標値を改定する」とされた協定は、先進国から発展途上国まで196ケ国と地域が温室効果ガス削減を推進する法的枠組みを定めた歴史的なものである。ただし、具体的な削減目標値は各加盟国が設定することになっており、効果のほどは今後の加盟国の取組に左右される。

今年の5月26、27日には第42回先進国首脳会議”伊勢志摩サミット”が開催される。
世界中に模範を示すためにも、各国首脳が気候変動問題についても、ハイレベルな議論を行う必要があるのではないか。

*エルニーニョ現象:太平洋東部赤道付近、ペルー沖から西へ、太平洋の中心部までの海域において海面水温が局所的に異常に上昇する現象。アジア諸国、北米太平洋沿岸、豪州南部に温かい空気が流れ込み気候が著しく変化する。
日本全体は暖かく湿った空気で包み込まれ、大雨被害が発生しやすいと言われる。

憲法改正

新しい年が明けて早や半月が経った。今年の通常国会は、7月に行われる参院選の関係もあり、三が日明けの4日に召集され、早くも論戦たけなわである。

過去、阪神・淡路大震災のさらに1年前、平成6年にも正月はじめに国会のための上京を求められたことがあった。当時は細川内閣の時代、政治改革法案の早期成立に向け、前年から年末年始をまたいで臨時国会が開催されていた。通常国会の召集時期としては、今年が最速だ。

 

8日から27年度補正予算案を審議する予算委員会がスタート。14日には衆議院で可決され、参議院に送付された。

この間、平成29年4月の消費増税時に導入する軽減税率対品目や所得の低い高齢者への臨時給付金、TPP関連の農業を中心とした国内対策費など、主に経済政策を巡った議論がおこなわれたが、私が注目した質疑に、国会における政府答弁についての憲法解釈を巡るやりとりがあった。

 

憲法第63条には、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないにかかわらず、何時でも議案について発言するために議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」と記されている。

 

民主党の階 猛議員はこの条文の後半部分の字句表現だけに着目し「国会に出席している理由は答弁または説明のためであって、我々(質問者)に対して批判するためではない」と解釈すべきで、安倍総理が(野党の質問者にたいして)反論するのはおかしいと主張した。同じようなことが昨年の安保法制特別委員会でもあった。質問に立った辻元清美議員は首相から発せられたヤジに、質問を遮ったり首相自身に答弁させろといった“答弁権は無い“と、自身のブログで断じている。果たして妥当な解釈と言えるのだろうか?憲法は政府側の反論を認めていないのだろうか?

 

私は総理が答弁した「国会の場で闊達な議論があるのは当然。もちろん答弁が中心だが、その中で事実を比較する場合もあるから、(中略)我々に反論したり批判したりすることは絶対だめだと言うことは、おかしのではないか」という解釈論に賛同する。

 

各種委員会での法案審議過程には多くの時間が割かれるのだが、答弁者が受け身の説明、答弁に終始しているだけでは、法案がめざす政策実現への理解は深まらず、実りある成果は望めない。国民が政策についての賛否を考える上での判断材料としても、不十分な情報提供にとどまってしまう。

 

議会制度の発祥国であるイギリスは、自由にして闊達な討論をおこなう議会風土がある。時折クエスチョンタイムの状況がTVに映し出されるが、そこでは現実の数字まで突っ込んだシビアな議論が展開されている。

 

これに倣って、両院に設けたのが「国家基本政策委員会」。いわゆる“党首討論”と呼ばれるもので、個別の法案についてではなく国の基本政策に関して議論を戦わせるものだ。が、残念ながら討議時間は、予算委員会等に比べれば、ほんのわずかである。

 

国会審議の活性化や充実を図るためにも、議論のあり方を再検討する必要があるのではないだろうか。

夏におこなわれる参院選を睨み憲法改正論議が浮上してきているが、我が憲法の弱点の一つは、英文で作製された原案を日本語に翻訳されたという点であろう。故に字面だけをなぞり、法の目的を見誤った強引な解釈論がなされる余地がある。今回の質疑のような法匪(※)のごとき解釈論を防ぐためにも憲法改正が必要なのではないだろうか。

 

※法匪(ほうひ):法律のうわべを絶対視して人に害を及ぼす、まさに賊徒(=匪)と評するべき役人や法律家。

年頭のご挨拶(平成28年)

新年あけましておめでとうございます。

昨年は、我が国を取り巻く安全保障の激変に対して、日米による“希望の同盟”強化や安保法制を巡る外交防衛問題、またTPPに象徴される通商貿易問題など、1年を通じて喧しい年でした。

さて、政権復帰してから早や3年が経過しました。

「もはや戦後ではない」と経済白書で高らかに宣言されたのは、60年前の昭和31年です。TV、冷蔵庫、洗濯機などの耐久消費財の一大消費ブームが興り、神武景気と称され日本経済は再生しました。

長期のデフレにより沈滞していた我が国経済は、アベノミクス三本の矢で解消に向かいつつあります。しかし、経済の好循環は列島全体に未だ浸透しておりません。

我が国の経済再生をより確かなものとし、長期にわたって成長させるために、新たな三本の矢“5年後GDP六百兆円、希望出生率1.8、介護離 職ゼロ”が掲げられ,国民一人ひとりが総活躍する経済社会システムの構 築が提案されました。経済界においても、3年連続のベースアップや設備 投資の増額など、積極果敢な経営に舵が切られようとしています。

社会全体としては失業率、倒産件数などが年ごとに低下し、若者の正社員が増えるなど、60年前と同じように経済再生の予兆が感じられます。

昨年私は、超党派による“播磨臨海地域道路整備促進国会議員連盟”の会長に就任しました。一日も早く、ふるさと東播磨の幹線ネットワークが整備されるよう、また地域の諸課題解決に向け全力で取り組んで参ります。

夏に参院選がありますが、活力ある我が国の未来を確実なものにするためにも、政権与党に引き続きご理解とご支持を賜りたく存じます。

今年も格別のご指導とご鞭撻をお願いいたします。

霞が関文学

私がライフワークと考えている科学技術政策。その基本方針は5年ごとに改定される科学技術基本計画で定められる。今年度はその改定の年に当る。

先週10日には安倍総理が議長を務める総合科学技術・イノベーション会議で、その素案が取りまとめられ、年明けには閣議決定される運びとなった。

 

今回の素案取りまとめに際しての焦点は、「政府の研究開発投資を対GDP比1%とする数値目標を計画に明示できるか否か」だった。近年、ノーベル賞受賞ラッシュに沸く日本の科学界だが、足元では活用論文数のシェア減少など活力低下が懸念されている。激しい国際競争の中で、世界一の科学技術力を維持するには持続的な基礎研究が欠かせない。

 

幸い素案では、現政権が目標として掲げるGDP600兆円を実現するためにも、より一層の科学技術予算の拡充を目指すと言及。5年間(2016~2020年)に総額約26兆円を投じることを明記することができた。

私が会長を務めている自民党科学技術・イノベーション戦略調査会でも、「世界で最もイノベーションに適した国を実現する」ことを目指し、18回に及ぶ議論の末、基本計画に「対GDP比1%」と「総額26兆円」の数値目標を掲げるべきと決議、関係大臣等にも積極的に働きかけてもきた。所期の成果は得られることとなり、まずは一段落と言うところだ。

 

ここに至る迄に様々な紆余曲折があった。最も困難を極めたのは、国の財布の紐を握る財務省との折衝である。

第1の関門は、言うまでもなく目標額の設定。

かつては、道路整備5ヵ年計画をはじめ将来の投資金額を明示した計画が多数見受けられたが、予算の硬直化につながるとの理由で次々と廃止された。今では科学技術基本計画のみが唯一の例外とされている。

 

第2の関門は、霞ヶ関文学と言われる難解な表現だ。

政策案を文章表現する際、一字一句が検討の対象となる。「充実」は良いが「拡充」はダメとか、「必要である」はダメで「となる」なら良いといった文言。数値表現を巡っては、「どうしても数値目標を記入するなら本文ではなく脚注で」とか、「括弧書きにして表現を弱める」といった塩梅だ。

一般国民から見れば差異が感じられない仔細な表現の違いでも、政府(官僚)の文章では大きな意味があるらしく、府省間で延々と協議が続けられるのだ。政治に携わってかなりの歳月を経るが、未だに理解に苦しむところである。

 

今回の目標額盛り込みにより、基礎研究に対する国家予算の減少傾向に一定の歯止めをかけることができる。だが、もちろん研究開発の成果は、投入する政府予算額の多寡のみで決定されるものではない。

産業界の関連研究を誘発し、技術革新を促すためにも、研究体制の縦割りを廃し、情報の公開と課題の共有を進める「社会に開かれた科学の形成プロセス」が求められる。今後は、基本計画が掲げる数々の目標が達成され、生産性を高めるイノベーションをもたらすよう、しっかりとフォローしていきたい。

 

今年も残すところあと半月。めったに風邪をひかない私だが、先月末からどうもスッキリしない。

気温変化の激しい折、皆さまも体調に気をつけて本年を締めくくって下さい。

北の湖逝く

20日夜、8時過ぎに地元での会合が終え迎えの車に乗った時、支援者の一人から携帯に電話が入り、日本相撲協会理事長・元横綱北の湖氏の訃報を聴いた。「渡海さんの大臣時代に浅からぬ関係があったと思ったので連絡した」と。

平成19年9月26日に福田康夫内閣が発足し、初入閣した私の文科相としての初仕事が北の湖理事長との面会であった。就任直後の29日、その年の7月に某部屋の親方や兄弟子による集団リンチで序の口の取的を死亡させた事件を受けて、理事長は監督官庁である文科省に説明と謝罪に訪れたのだった。

TVニュースで流れた映像では、理事長が反っくり返り、事情聴取のために呼びつけた私の方が頭を下げて謝っているかのようで、同僚や支持者から「大臣らしく、もっと毅然と対応しろ!」と、随分お叱りを受けた。国技と言われる日本相撲協会の最高責任者を呼び出したのだから、私としては丁寧に対応しなければと思っただけなのだが。

写真に撮られた理事長の傲岸不遜とも言える姿勢をスポーツ紙などは批判したが、お腹がつかえてあれ以上頭が下がらなかったのが真相だ。理事長は私の頭の上で、「この度は申し訳ございませんでした」と、何度も繰り返し謝罪しておられた。

立会いのかち上げから、素早く右上手を引いての豪快な投げや一気の寄りが代表的な取り口で、巨体に似合わない俊敏な巻き替えのうまさも定評があった。そのスピード出世は目を見張るものがあり、横綱昇進時21歳2ヶ月の最年少記録は今も破られていない。

優勝回数は24回、幕内での50場所連続勝ち越し、37場所連続2桁勝利。そして年間通算82勝は平成17年に朝青龍に超えられるまで27年間最高記録だった。

大鵬、千代の富士ともに戦後の昭和を代表する大横綱である。

横綱は抜群の強さの反面、バタバタ相撲もあったのだが、毎場所優勝争いに加わり第一人者としての重責を果たしている。そのふてぶてしい風貌と取り口から「憎らしいほど強い」と言われた北の湖関、強すぎた横綱ゆえに人気が伴わなかったかもしれないが、子供の嫌いなものの代名詞として「江川、ピーマン、北の湖」などと揶揄されたのはいただけない。

余談ではあるが、北の湖を見出したのは姫路市出身(当時は印南郡)の三保ヶ関親方(元大関増位山、戦後直後に在位)である。三保ヶ関親方は子息の増位山や北天佑を育てるとともに、ふるさと東播磨ゆかりの力士、大竜川や闘龍を育てた名親方である。

昭和60年(1985年)1月場所の引退後は、角界への絶大なる貢献に対して一代年寄「北の湖」を贈られ部屋を創設し、巌雄など14人の力士を育てた。そして、平成14年には第9代理事長に就任、平成20年、自らの部屋の力士による大麻使用事件の責任を取り一度は理事長を退任されたが、24年に異例の再登板を果たし、土俵の充実とファンサービスを掲げて人気が低迷する大相撲の改革に取り組んだ結果 “満員御礼”が続き、相撲人気復活まであと一息のところまで持ち直してきている。

今場所10日目の17日、栃煌山に繰り出した横綱白鵬の“猫だまし”を見て、理事長が「横綱の相撲ではない」と苦言を呈しているとニュースで報道され、お元気で活躍されていると思っていただけに、この度の訃報には驚いた。

生前の功績を称え、心よりご冥福をお祈りしたい。