10月中旬、秋の色が深まる季節になると、播磨地方(兵庫県南西部)は秋祭り一色に染まる。
先週13・14日には、私の地元の曽根天満宮でも秋季例大祭が行われた。
「祭りの終わった日から次の祭りに向けて新しい年が始まる」、氏子たちの年間スケジュールは、この時季を起終点として廻っていると言っても過言ではない。
秋祭りの元来の趣旨は米の収穫を神に感謝し、神霊に街中を行幸いただくということなのだろうが、とにかくこの2日間の曽根は、老若男女が一体となって盛り上がる。
華麗な装飾を施した大小15台の布団屋台が、境内や街角で壮大に練り合わされ、街全体が太鼓の響きと歓声で満ちあふれるのだ。菅原道真公を祀り、普段は厳かな雰囲気を醸し出す天満宮の境内も、この両日は一大イベント会場と化する。
私も若い頃には廻しを締めて(当地では相撲廻しに法被が祭りのユニホーム)参加していたが、興奮が冷めた後、一週間くらいは肩が腫れあがり、身体のあちこちが悲鳴をあげていたのを記憶している。
当時は屋台が6台しかなかったが、近年多くの屋台が復活、創設され、この地方でも最も盛大な祭礼行事の一つとなっている。
残念ながら今年の秋季例大祭は、雨模様の2日間となってしまい、14日には大雨警報まで発令された。
それでも屋台の布団屋根に大きなビニールシートを被せて、とにかく神社に屋台を集合させたものの、さすがに練り合わせまではできず、若者たちにはいささか消化不良の祭りだったかもしれない…。
しかし、この経験も歴史の一ページとなり、また来年の秋に向けて祭りの準備が始まるのだ。
日本の秋祭りは宗教行事と言うよりも、地域の文化であり、コミュニティの結束の証である。歴史と伝統に培われた誇り高き祭典が、永年にわたって守られていることで地域の絆が保たれ、強化されている。
そう言えば、東北のある地方で、大震災のため一時中止も検討された祭りが予定どおり開催され、例年以上に盛り上がったとの報道を見た。
被災地の皆さんにとっても、先祖伝来の祭りは生活の一部であり誇りなのだと思う。
祭りを通して“絆”を確認し、「来年もまた良い祭りにしよう。その為にも少しでも早く復興を果たそう」と心に誓われた被災者の方々も数多くおられたに違いない。
全国各地、世界各地に多種多様な祭り、フェスティバルがある。
その形式や規模は異なっても、郷土を愛する人々にとって「おらが街の祭り」は地域の誇りであり、世界中で一つしかないオンリー・ワンでありNO.1のイベントなのだ。
連綿と受け継がれていく「おらが街の祭り」は、“誇り”と“絆”を生みだし、地域の個性と魅力を創造する大きな力を持っている。
そんな思いを強く感じた今年の秋祭りだった。