国民はうんざりしている

小沢一郎氏の金脈を巡る陸山会事件で、検察官役の指定弁護士は9日、東京地裁の無罪判決を不服として控訴した。一審判決自体が「被告が収支報告の(虚偽)記載について元秘書から報告を受けて了承したことは間違いない。しかし、被告はその内容を違法と考えいなかった可能性が残る。故に疑わしきは罰せず。」という、いわゆる推定無罪の法理なので、控訴はある程度予想された判断ではある。

その前日の8日、民主党では小沢氏の党員資格停止処分の解除を決定した。
控訴されるか否かの結論を待たずに処分を解除することには党内でも異論があったようだが、こうなるとタイミングを見計らって党役員会を押し切った輿石幹事長のファインプレー?のようにも見える…。
ただ、党員資格を回復したとしても、今回の控訴により小沢氏の影響力は大きく削がれる。裁判は早くても一年かかると言われているから、9月の民主党代表選への出馬は考えられず、小沢グループの戦略は大きく方向転換せざるを得ないだろう。

控訴審の行方=有罪無罪はともかくとして、政治とカネにかかわる国民の不信を払拭するためには、一審でも認定された事案=政治資金管理団体である陸山会が4億円もする土地を購入した理由は何か?その原資をなぜ虚偽(粉飾)記載する必要があったのか?という点について、小沢氏自身がしっかりと説明することが求められる。

そもそも今回の裁判は、「検察審査会による強制起訴」という制度から始まったものだ。その目的は、検察官という法律のプロに独占されていた起訴権限の一部を国民から選ばれた審査会に委ね、国民目線のフィルターを取り入れること。
検察審査会が検察官の判断を覆して起訴相当とした理由の一つは、「小沢氏が土地購入代金の出所を明らかにしていない」点である。少なくとも一審の判断はこの疑問に答えていないのではないだろうか。

一方で小沢氏が会長を務める「新しい政策研究会」は、今回の控訴を政治的弾圧として抗議声明を発表している。しかし、本当にやましいところが無いのであれば、こんな形式論の抗議よりも、国会での証人喚問に応じて名誉回復を図るべきではないだろうか。

この数年間、民主党内では、反小沢か、親小沢かを巡る内ゲバが繰り広げられ、今や政党の体を為していない。党内で政策議論することは結構だが、閣議決定した法案について与党内から否定的な見解が出るなど、およそ考えられない、あってはならないことだ。
政権政党としての自覚があるのならば、代表が「政治生命を賭ける。命賭けでやる。」とまで言っている法案に反対するような輩は即刻除名すべきだろう。逆に政治家として信念をもって、党の方針に背き反対票を投じるのであれば、その前に離党するべきだ。

いずれにしても、国民はもうこの種の話にはうんざりしている。
小泉進次郎議員が、小沢氏の処分解除への感想を聞かれ、「興味がない。こんな政治から早く卒業しなければいけない」と答えていた。
全くそのとおりだ。永田町は、「政治は数」「数は力」「力はカネ」という前世紀の政治力学から早く脱皮しなくてはならない。

日本国憲法

先週の憲法記念日で、日本国憲法は施行65年目を迎えた。日本の枠組みを定めたこの法律が公布されたのは昭和21年11月3日の明治節(旧明治天皇誕生日)、施行は半年後の昭和22年(1947年)5月3日である。

ただ、憲法案が議論された昭和21年当時の日本は被占領国であり、起草作業も連合国軍総司令部(GHQ)の強い影響のもとで行われた。故に占領体制から脱却した後に、主権国家にふさわしい自主憲法への改正、日本らしい日本のあり方を示す憲法への改正を行うことは、制定に携わった先輩政治家の悲願であったと聞く。
自由民主党にとっての自主憲法制定は、結党当初から使命として掲げる大目標である。憲法改正のために保守合同を行ったと言っても過言ではないかもしれない。

しかし、制定から65年、主権回復から60年を経ても、我が憲法は全く変わっていない。もはや、占領下に制定されたかどうかよりも、65年という長きにわたり不変であることが異様な事態とも言える。憲法といえども法律の一つであり、時代の変遷に即して、改正すべき点は生じる。諸外国においても、少ないアメリカでも6回、最多のドイツに至っては58回も改正されている。

だからと言うわけでもないが、サンフランシスコ講和条約の発効60周年に併せて、先月27日、自由民主党は「日本国憲法改正草案」を決定した。

平成17年に発表した前案以来、7年ぶりとなる今回の改正案の特色は二つ。
第一は、東アジアの不安定な国際情勢に対処するための安全保障体制の明確化である。第9条の平和主義は維持しつつ、戦争放棄は自衛権の発動を妨げるものでないことを明示し、自衛隊(Self-Defence Force)は国防軍(National Defence Force)に改め、本来の機能を分かりやすく表現した。
第二には、昨年の東日本大震災の教訓を踏まえた危機管理体制の強化である。大規模自然災害やテロ攻撃に際して首相が緊急事態宣言を発し、内閣に法律と同一効力の政令を定める権限を付与、国民には国の指示に従うことを義務づけた。
このほか、天皇陛下を日本国の元首とし、国旗を日章旗に、国家を君が代に定め、家族は互いに助け合うべきことも規定した。前文では、日本の歴史や文化、和を尊び家族や社会が互いに助け合って国家が成り立っていることを定めている。

このような改憲案を示しているのは自民党だけではない。みんなの党やたちあがれ日本も憲法改正に積極的であり、4月にそれぞれの改正案を示している。民主党でも前原政調会長などは積極改憲派だろう。(ただし、一方で一昔前の社会党的な根強い護憲論者もかかえている。)

憲法改正手続きを定めた国民投票法が施行されたのが、2010年5月。これによって憲法審査会による改憲原案の発議が可能となった。あとは我が党や民主党をはじめ、国会議員のやる気次第だ。各党が誠意を尽くした議論を繰り広げ、そして、一日も早く国民的議論へと関心が高まっていくことを願いたい。

国民統合の象徴

昨日、4月29日は「昭和の日」。「みどりの日」と呼ばれた時期もあるが、私たち団塊の世代にとっては、いまだに昭和天皇の「天皇誕生日」としての意識が強い。
昭和天皇の64年にわたる在位期間はまさに激動の時代と言えるだろう。25歳の若さで第124代天皇として即位、平和を願いながらも米英との開戦を余儀なくされ、そして、焦土の中で終戦を聖断をなされた。後半生は象徴天皇として戦後復興の道、奇跡の高度経済成長の道を国民とともに歩まれた。

その昭和の時代が終わり、平成の世となって四半世紀。今、皇室のあり方として女性宮宅を巡る議論が再び熱を帯びてきた。
現在の皇室は、東宮家のほか、秋篠宮、常陸宮、三笠宮、桂宮、高円宮の5家。そのうち男のお子様は秋篠宮家の悠仁(ひさひと)親王のみである。現行の皇室典範に基づくと女性皇族はご結婚されると皇籍を離脱されるルールであり、皇族はいずれ悠仁親王お一人となられる。

このため、一つは喜寿の齢を超えられた陛下のご公務の軽減を含め、皇室活動の安定性を確保するため、もう一つは皇位継承資格者の確保という視点から論じられているのが女性皇族が結婚後も皇室に留まる「女性宮宅」の創設だ。政府でも前者の観点から皇室典範の改正をも視野に入れた有識者ヒアリングが始まった。

「古来、皇位継承が男系で続いてきた歴史的な重み」から男系継承を堅持すべきとの意見も根強いが、私は、しっかりと血統が維持されDNAが継承されるのであれば女帝をも認めても良いのではないかと考える。
今の時代、男系にこだわる必要性は乏しいだろう。現に日本が立憲君主制度のお手本とした英国では、女王エリザベス二世が60年もの長きにわたり在位されており、我が国でもかつては、推古、皇極、持統など8人10代の女性天皇が存在している。

さらに、小泉内閣時代の「皇室典範に関する有識者会議」の議論でも、女性・女系天皇、女性宮家創設に肯定的な意見が多かったように思う。
とは言うものの、万世一系、二千年の歴史を誇る皇室のあり方である。結論を急ぐ必要はない。有識者ヒアリングを含め、国民的な議論の結果に委ねるべきだろう。

それにしても、78歳にして数々の公務をこなされている陛下のお姿には頭が下がる。
東日本大震災の直後には毎週のように被災者を慰問され、去る2月には心臓冠動脈のバイパス手術を受けられたにもかかわらず、わずか1ヶ月足らずで見事に公務に復帰。東日本大震災の一周年慰霊祭にお元気な姿を見せられ、被災地の復興にお気遣いされながら「人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願う」との言葉を賜った。

先週木曜日(26日)には、陛下が火葬を希望され、葬儀や陵も簡素にするように求められているとの発表があった。国民に負担をかけまいというご意志の表れだ。
かまどの煙の逸話(※)で知られる仁徳天皇は「天が君主を立てるのは民のためであり、君にとって民は根本である。だから、民が一人でも飢えるのならば、君は自らを責めなくてはならない」と語られたという。この聖徳は現在の皇室にもしっかりと受け継がれている。

皇室とともに歩んできた「日の本の国」、国民統合の象徴である天皇をいただく国家。その歴史ある国のかたちにふさわしく、天皇陛下が元首であることを明確にし、日本のさらなる繁栄に尽くしていきたい。そのためにも、変化をおそれず、国家元首としての皇室のあり方を論じていくことも必要だ。

※仁徳天皇が高台から遠くを眺めたときに、人家からかまどの煙が立ち上っていないことに気付かれた。「民が貧しいから炊飯ができないのではないか」と心配された天皇は、租税を免除する詔を発し、宮中では徹底した倹約が行われた。その後3年、民の生活は豊かになり、同じ高台から見渡すと、どの家々から炊煙が立ち上っていた。

審議拒否について

先週金曜日(20日)、田中直紀防衛相と前田武志国土交通相に対する問責決議が、参議院本会議で可決された。

田中防衛相は就任して約3か月間、国会答弁などで失言や迷走を重ねてきた。答弁のたびに右往左往し、副大臣や秘書官に助けられる姿に、「この大臣で日本の安全保障は大丈夫か?」と不安に思った国民も多かっただろう。北朝鮮のミサイル発射時の不手際が致命傷となった形だ。

前田国土交通大臣は、15日に行われた岐阜県下呂市長選で、特定候補に対する支援を要請した文書に大臣名で署名し、告示前に地元の建設業団体幹部らに送附されたという事実が発覚。公選法が禁じる「事前運動」と「公務員の地位利用」の2点付抵触する可能性が指摘されている。

両氏の行いとも問責に値することは間違いないが、昨秋の一川氏、山岡氏に続き、こうも問責決議が続くと国民も辟易としているのではないか。
一義的には野田総理の任命責任。すなわち党内融和を優先する余り、適材適所の人事ができていない点にある(特に防衛大臣について)。しかし一方で、問責する野党側も、権利行使のタイミングをよくよく考えるべきではないだろうか。

問責決議が可決されれば、当然、野党は対象閣僚が出席する会議への参加を拒まざるを得なくなる。いわゆる審議拒否で国会が停滞する構図だ。果たして今はそういう政局に引きずり込むべき時期だったのだろうか?

案の定、野田総理は両閣僚を続投させる意思を示し、お二人とも辞任するという素振りもない。したがって、しばらくの間(両閣僚が交代するまで)国会は開店休業状態となり、社会保障と税の一体改革もエネルギー問題もTPP参加問題も、先送りされることになるだろう。うがった見方をすれば、消費税増税法案の国会審議を先送りしたい民主党執行部の策に、自民党がはめられた(乗った)形だ。

しかし、今は国会を空転させている局面ではない。
「決められない政治」に国民の不満が募っている今、「職場放棄」とも言える「審議拒否」による足踏みは何としても避けなければならない。与野党が、駆け引きに終止して国会の停滞を長引かせれば、政治不信は増々広がるだろう。

両大臣が辞任されるのが最も簡単な解決方法だが、それが望めないのなら、自民党としても問責決議可決の体面を保ちつつ審議を進めるための知恵を絞るべきだ。
例えば、両大臣は認めないと決めたのだから、副大臣に委員会等への出席を求め、大臣には一切質問しなければ良い。委員長が指名して両大臣が答弁しても、その発言は無視し、副大臣に再質問すればいいのだ。正規の姿とは言えなくても、審議拒否で停滞するよりはましだろう。

野田総理も消費増税法案の閣議決定前に「今国会成立に命を賭ける」とまで言われている。この大仕事を為すためには、お二人の閣僚を交代させるくらいは小さな問題ではないのだろうか? それとも心の中では自民党の責任で審議が空転するならそれも良しと考えておられるのだろうか? ぜひとも英断を期待したい。

世界は日々刻々と激動している。我が国を取り巻く状況は内政外交とも課題山積だ。政府民主党も自民党も、つまらない面子に拘わって、内輪の駆け引きをしている暇はないだろう。少なくとも今は日本の舵取りは、あなた方に託されているのだ。

国家基本政策委員会

先週、今国会2回目の党首討論が行われた。消費税関連法案と社会保障制度に関する議論を期待していたが、残念ながら政策の中身に切り込む質問はなく、相変わらずの手続き論の批難応酬に終始した。

この討論の直前になって国対委員長を通して党首会談の申し出があったが、あのタイミングでの会談が実現するとは到底考え難い。相手が拒否することで世論の批判を受けるとの読みが働いてるのだろうが、そんな不毛な駆け引きよりも、一刻も早く民主党内をまとめ、法案審議を始めることが、今、野田総理が果たすべき責任ではないのだろうか?

消費税関連法案に野党の賛同を得ようとするなら、「4年間の任期中には増税はしない。増税をする時には信を問う」との過去の主張について説明責任を果たす必要がある。総理は「次の総選挙でマニフェストの総括はされる」と言及しているが、そんなマニフェストでは投票の判断指標に成り得ない。
「消費税が上がるのは2014年4月なのだからマニフェスト違反ではない」などと苦しい言い訳をするのではなく、「増税しなくても、財源はあるんです」と誤まったメッセージを送り続けたことについて、しっかりとケジメをつけるべきである。

何度もこのコラムで言及してきたが、「税と社会保障の一体改革は、どの政党が政権を担っても避けて通れない課題であり、国の財政情況を考えれば先送りできない。」との主張に異論はない。消費税を当面10%にupすることは、自由民主党が一昨年の参議院選挙で揚げた公約でもある。民主党の真摯な反省があれば、我が党も審議入りを拒否する理由はない。

ただ世論調査が示す国民の意見は非常に厳しい。総理は時間の経過とともに増税反対の声が高まっている事実を深刻に受け止める必要がある。
議員定数の削減などの身を切る努力が一向に進展しないことも理由だろうが、消費増税ができれば財源はわき出てくるような気分になって、ムダの排除どころか整備新幹線や高速道路など自民党政権が凍結した公共事業まで次々と復活していることも、厳しい評価を招いているのではないだろうか。

それにしても「嘘の片棒を担ぐつもりはない」との谷垣氏の発言に、野田総理が「郵政民営化したらバラ色の世の中になると言っておられたけど、ならなかったじゃないですか?」と反論したのは、聞くに堪えなかった。
政策の成果は思うように実現しないこともあるが、それは結果論であり「嘘」をついた訳ではない。それを曲解し「自民党も嘘をついたことがあるから、民主党にも嘘をつく権利がある」かのごとく口答えすることが政策の総責任者のあるべき姿だろうか?マニフェストは国民との約束だ。猛省を求めたい。

谷垣氏も「政治生命を賭ける」との意味を改めて問うなど、手続論に終止するのでなく、当面する政策課題について政府の姿勢を質し、我が党の主張を発信すべきだ。
政策議論が始まれば、困窮するのは党内不一致の民主党なのだから。(ただ、自民党が必ずしも一枚岩になっているとも言い切れないが…)

もう一つ、喫緊の課題である大飯原発の再稼動について何ら言及が無かったのも残念だ。これは福井県のみの問題ではなく、我が国のエネルギー政策を左右する重要課題であり、避けては通れない道だ。
未だに設置されていない原子力規制庁、遅すぎる安全基準の設定、早すぎる基準適合の判断、地元自治体に責任を丸投げするかのような手法等々、追求すべき問題点はいくらでもある。しっかりとした国政の判断を問い質すべきではなかったか…

党首討論の正式名称は、「国家基本政策委員会」。次の機会には、この名にふさわしい政策議論を展開してもらいたい。

桜花爛漫

寒波の影響で北上が遅れていたサクラ前線だが、4月に入りようやく本州にたどり着いた。先週の土日は久々の晴天に恵まれたこともあり、東京では満開の桜の名所が多くの人出で賑わったようだ。世界遺産姫路城でも観桜会が始まったが、こちらはまだ5分咲き程度、播州での見頃は次の週末になりそうだ。

日本を象徴する花とも言えるこの“サクラ”だが、由緒ある吉野山のような“ヤマザクラ”の名所はごくわずか。全国の行楽地で花見客を楽しませてくれる品種は“ソメイヨシノ”だ。各地で絢爛に咲き誇るこの花の歴史は意外と浅い。

ソメイヨシノが生まれたのは、江戸時代の後期のこと。江戸の町外れの染井村(現:豊島区駒込)の植木職人たちが、エドヒガンとオオシマザクラを交配して生まれた品種と言われている。その種子は芽を吹くことが無く、接ぎ木によって増やされる一種のクローンだ。
葉が出るより先に花が咲くというエドヒガンの特色と、大きな花ビラが密生するオオシマザクラの特色を併せ持つこの種は、満開時の華やかさから明治時代に全国に広がり、海外にも輸出された。ワシントンDCのポトマック河畔を飾るサクラも、明治の終わりに東京市から贈られたソメイヨシノである。

異なる種の花粉とめしべを人為的に結びつけ品種改良を行う、いわゆる人工授粉は数千年前の古代から行われてきた科学技術だ。江戸の職人たちが意識したかどうかはともかく、今風に言えば、遺伝子組み替え、バイオテクノロジーを駆使した品種改良である。

花粉といえば、先日、兵庫医大の研究チームが花粉症の原因物質が「インターロイキン33」というタンパク質であることを特定したという報道があった。基礎研究の段階であり、特効薬の開発には、まだまだ時間がかかるだろうが、国内だけでも2千万人が悩まされている症状の根本的な治療に繋がる大発見だ。

こういったバイオテクノロジーを進化させる装置がもうひとつの「SACLA(サクラ)」、先月も取り上げたが、播磨科学公園都市(上郡町)で運用を開始したばかりのX線自由電子レーザーである。この最新鋭装置の仕組みの解説は、理化学研究所のサイトを参照いただきたいが、いわば分子レベルの動きを見ることができる顕微鏡といったところだ。

創薬(薬の構造デザイン)にしても、遺伝子組み換えにしても、つい最近までは直感と経験に頼るところが大きかった。それは遺伝子やタンパク質の構造や動きを直接見ることができなかったからだ。それが、Spring-8やSACLAの開発によって研究環境が大きく変わってきている。
今後、秋に本格稼働する世界最速のスーパーコンピュータ「京」と組み合わせて、バイオテクノロジーの新たな開拓が期待できるだろう。

加工貿易の時代が終わった今、日本が稼ぐ術は知的財産を売ることだ。産学が総力を挙げて、科学技術をはじめとする知恵の力を磨かなくてはならない。ハリマのSACLAも早く研究成果という実を結び、サクラと同じく、日本中に世界中に知られる存在となってもらいたい。

平成24年4月9日配信文

球春

3月21日に幕を開けた第84回センバツ高校野球大会は、早くも明日、決勝戦を迎える。
毎年のことながら、今大会も球児たちのひたむきなプレーが、多くの名勝負を生み、全国のファンに大きな感動をもたらした。
が、今大会で一番感動的なシーンは、ゲームではなく開会式での見事な選手宣誓だったかもしれない。

全国32校から抽選で宣誓の大役を勝ち取ったのは、東日本大震災の被災地から出場した石巻工業高校(宮城県・21世紀粋)の阿部翔人主将。
震災直後の昨年の大会では、創志学園高校(岡山県)の野山慎介主将が、避災地の方々に心温まるエールを贈ったが、今度は被災地の球児から復興への誓いが全国に響いた。

平成23年3月11日、大津波は石巻工業高校のグラウンドも飲み込んだ。いつものように練習をしていた野球部員たちの日常が一変した。部員の7割の自宅が被災し、彼らは3日間学校に取り残された。
震災後の厳しい環境の中で、津波で荒れたグラウンドを自らの手で整備し、支援に送られたボールに書き込まれた励ましの言葉に勇気づけられながら、決して締めることなく練習に励んできた石巻工業の選手達。テレビで放送された一年間の彼等の姿が宣誓の言葉に重なる。

「人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです。しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう日本の底力、絆を。我々高校球児ができること、それは全力で戦いぬき、最後まであきらめないことです。」
歯切れの良い言葉で、しっかりと語られたこの宣誓に、スタンドでテレビの前で、多くの人々が涙した。日本中の方々が、大きな拍手を贈った。

今年の大会では、被災地の中学生が3日目(24日)の各試合前の始球式に招かれるという企画もあった。例年、地元近畿の小中学生に登板の機会が与えられるのだが、主催者の計らいで福島、宮城、岩手の3県を元気づけるために実施されたものだ。
原発事故で自宅を離れ、避難先のいわき市で野球を続けている少年、自宅が津波で全壊した亘理町の少年、グラウンドが仮設住宅で埋め尽くされた大船渡市の少年、それぞれ立派に大役を果たした。次は高校球児となって、ぜひ、甲子園のマウンドに戻って来て欲しい。

始球式と言えば、平成20年3月、私は文部科学大臣として第80回センバツ高校野球大会開会日のマウンドに立った。ただ、私には考えがあって、始球式のボールを一人の高校球児に詫した。
慣例が崩れることを極度に嫌う文部科学省の官僚からは、「恒例のことだから、是非、投げて欲しい」と再三再四要請を受けたが、私は自分の考えを押し通した。
私の投球を期待してテレビを見ていた選挙区の皆さんからはお叱りを頂くことになったが、今でも「あれで良かった」と思っている。
甲子園は、高校球児にとって何物にも替え難いあこがれの聖地だ。その舞台に大臣といえども政治家の始球式は似合わない。

さて、話を戻して今大会。
現時点で、東北の雄「光星学院」(青森)の快進撃が続いている。被災地に感動と勇気と笑顔を届けるために、日本の底力を奮い起こすためにも、東北勢初の優勝を勝ち取ってもらいたいものだ。

政権を担う責任

消費税率引き上げ関連法案の閣議決定をめぐって、いつものとおり民主党内で喧々諤々の議論が繰り広げられている。昨年末に決定された大綱素案を法案化するだけの作業なのだから、それ程時間のかかる議論ではない筈なのにである。

つい先日、2月末の党首討論で「51対49でも決断するのが政治である」という、キッシンジャーの語録を持ち出し、勇ましい発言をしていた野田総理にしては意外な引き延ばし作戦に映る。税率再引き上げを表記するかどうか、引き上げに足かせをかける景気動向の条件をどうするかといった小手先の微妙な表現の違いで延々と時間をかける様は、いかにも議論を尽くしたかのような痕跡を残すためのアリバイづくりにしか見えない。
最後は執行部が一任を取りつけ、3月中に法案を提出したという形を整えるのであろが、こんな時間の無駄遣いはいい加減にやめにして欲しい。
「法案成立に命をかける」といった大げさな発言をするのであれば、その前にサッサと民主党内の反対派を切り捨て、閣議決定すべきだろう。

週末にも予想される閣議決定では、またまた国民新党との妥協か決裂かのショーが演じられるのだろうが、それはどうでもいいことだ。国民新党が連立を離脱しようがしまいが、法案成立には大して影響はない。

それよりも、次に問われるのは我が自民党の対応であろう。
「自民党は消費税引き上げ法案に賛成すべきか?」 私が議員バッジをつけていれば、間違いなく賛成に一票を投じるであろう。
確かに野田政権を解散に追い込むことだけが目的であれば、民主党内の増税反対派と手を組み法案に反対し、内閣不信任決議案提出に持ち込むのが手っ取り早い手法かもしれない。
しかし、それで、「決められない政治体制」が変わるだろうか? 政党は、与党になれるかどうかという短絡的な政局目的で争うのではなく、自らの政策が実現できるか否かの是々非々で政策議論を展開すべきなのだ。

何度も取り上げているが、平成21年の所得税法改正で附則104条に「23年度中に消費税の引き上げを含んだ税制の抜本改正の方向性を示す」ことを盛り込んだのは、我が自民党政権である。現に与党であるか野党であるかにかかわらず、この責任は果たさなくてはならない。しかも、一昨年の参議院選挙でも、消費税率の10%への引き上げを公約に掲げている。
今回の消費税率引き上げ法案の成立は、これらの政策、主張の実現に繋がるものである。どうして反対、否決する必要があるのだろうか?

我が党内にも「上げ潮派」(=経済成長による税収増を急ぐべき)と「財政再建重視派」(=まず増税により財政均衡を急ぐべき)との対立は常にある。私はどちらかというと後者に属するのだが、この主張は程度の差である。対立を乗り越えて、党内の意見を調整できたからこそ、所得税法附則や参議院選挙公約に消費増税方針を盛り込んだのだ。

一方の民主党はどうか、選挙公約=マニフェスト策定に際して、このような政策の本質論議ができていないがためか、政党の体を成さない党内抗争を何度も見せられている。TPPの賛否を巡っても、普天間基地の扱いにしても、そうだった。いずれ近い将来、原発の再稼働を巡っても民主党内の議論が沸騰するのだろう…。

政治に対する国民の信頼を回復するためにはこれでは困る。民主党は政権与党として、党内の意見集約のルールを再検討する必要があるのではないか。そして、我が自民党も含め各党が党としての考えを明確に提示し、議論を重ね、国家としての合意を形成する。そんな国会審議のあるべき姿を早急に実現しなければならない。

そうでなければ、「決められない政治」との批判を払拭することはできない。
政治への信頼回復も望むべくもないし、政党離れは加速され政党離れも阻止できないだろう。
永田町の皆さんは、もっと危機感をもって事に当たって欲しい。

梅の香りに

三寒四温の語のとおり寒暖の繰り返しのなかで、厳しかった今年の冬も漸く終わりを告げたようだ。我がまちの曽根天満宮も遅ればせながら梅花の見頃となり、甘い香りが境内に満ちはじめてきた。例年は2月の終わりに満開になっていると思うから、季節の移ろいが半月ほど遅れている。
この曽根町の住民のよりどころである天満宮。学問の神様であり「飛梅伝説」の主でもある菅原道真公ゆかりの神社である。

道真の家系は、祖父も父も詩歌や歴史の「文書博士」(もんじょはかせ)。今で言えば東大文学部の教授といったところだろうか。道真自身も学問に励み、若くして当代随一の学者となり門下生100名を率い国史の編纂に勤しんでいたという。
それが当時の国家元首、宇多天皇のブレインとして、いわば藤原氏の対抗勢力とすべく学界から政界に引き上げられ、やがて政争に敗れ太宰府に追いやられることになる。

その左遷の旅の途中に、この曽根の地に立ち寄り、日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈りを込めて小松を植えられた。このお手植えが初代曽根の松となり、曽根天満宮の起源となったという。今を遡ること1100余年、平安中期の延喜元年(901年)のことである。

今の季節、天満宮の境内には合格祈願の絵馬が鈴なりとなり、本格的な春の訪れを待っている。奇しくも今日(19日)は、兵庫県立高校入試の合格発表日。叶った願いもあれば、届かなかった願いもあるだろう。

しかし、高校にしろ大学にしろ入学試験の合否は終着点ではない。学舎は人生の夢を叶えるための知識、技能を習得するための通過点だ。大事なことは何を成すために何を学ぶかであり、本来どこで学んだかは問題ではないだろう。誰もが皆、普通科の高校を目指し、大学に進学する必要はないはずだ。

学校に限らず、日本の社会経済システムは画一化されすぎ、一つの尺度で物事を判断しすぎている感がある。欧米へのキャッチアップのため、工業化社会で効率的に経済成長を遂げるためには、それが正解であったのかもしれないが、どうも今の時代に適合しているとは思えない。

例えば学制は、戦前の方がずっと多様性が確保された複線型だった。6年間の小学校の次は、2年間の高等小学校、5年間の中学校や高等女学校、実業学校が選択できた。その先も高校、大学専科、師範学校、大学、専門学校等々、人生の目標に応じて多様な選択肢が準備されていたし、個人の能力に応じて飛び級も可能だった。
もう一度、この時代の制度を再評価する必要があるのかも知れない。

今年1月、東大が秋入学への移行方針を打ち出してから、全国の大学で入学時期の議論が始まった。行政ではなく学校サイドからこういう提言が発せられるのは好ましいことだ。世界の高等教育機関と競争しようという意気込みの現れだろう。
様々な仕組みが存在すれば、それだけ選択肢が増え、競争が促進される。何も全国画一である必要はないのだ。

今や世界を土俵にした競争が求められる時代である。行政は公平な競争が維持される土俵を準備すればよい。大学の入学時期が春か秋かなどということは政府が決める必要はない。6・3・3・4の教育制度にしてもそうだ。

道真は左遷の2年後、九州の地で一生を終えるが、後に天神様、学問の神様として神格化され全国各地に天満宮として祀られている。死後とはいえ、藤原氏に再逆転勝利したともいえる。
一度敗れても逆転する機会が与えられる社会、一度や二度の失敗は良き経験として糧にできる社会。そうでなければ真に公平な社会と言えないのではないだろうか。

大震災から1年

1万9千余の命を飲み込んだ東日本大震災から1年が過ぎ、各地で追悼行事が行われた。改めて犠牲者のご冥福と被災地の一日も早い復興を祈りたい。
被災地からの報道番組を見るにつけ、復旧復興は遅々として進んでいないという感を強くした。福島第一原発周辺地域に至っては未だに発災状況にあるとも言える。戻るべき土地を定められない被災者の悲壮な叫びは、遅れと言うよりも停滞を訴えているのではないだろうか。

確かに本格的な復興予算が編成されたのは昨年11月、そして復興庁が設置され、復興交付金の手続きが始まったのはこの2月。それぞれ被災から8ヶ月、11ヶ月もの月日が経過した後のことだ。
この遅れの最大の原因は、時の菅総理が大震災を政争の具としてしまった点にある。まずは、災害対策予算と当初予算を抱き合わせにし、野党に丸呑み大連立を迫り、後には「(災害復旧に)一定の目処がつくまでやめない」とう詭弁を盾に退陣を拒んだ。これらの行為により徒過した日時に対する責任は重いと言わざるを得ない。

しかし、今さら過ぎ去ったことを責めても仕方がない。我々は将来に向かって、大震災から何を学び何を成すべきか。

第一には、言うまでもなく被災地の早期復興を成し遂げることである。
カギを握るのは産業の再生と安全なまちづくり、そしてその障害となっているがれきの撤去だ。
復興を加速するはずの包括交付金の評判がすこぶる悪い。国の査定が厳しく自由に使えないとのことだ。阪神・淡路大震災の際には総額9000億円の基金を地方に積立て、その運用益を活用する形で迅速柔軟にきめ細かい支援策を講じることで対応した。
今回の解決策は思い切った権限の移譲と規制緩和だろう。政府は復興庁まで設けたのだから、権限を徹底的に現地事務所と地方自治体に任せることだ。

もう一つ、山のごとく積み上がった廃棄物の処理には野田総理の提言のとおり全国の協力が不可欠となる。避災地からがれきの姿が消えない限り、復興の姿は見えてこない。
国が前面に出て全国自治体に呼びかけ、早急にがれき処理を進めなくてはならない。

第二に、政府の危機管理体制の再構築と強靱な国土構造への改造が必要だ。
発災当初、首相官邸に集まった数百名の各省庁の官僚は、誰に指揮監督権限があるかも定かでないまま無為に時を費やしていた。
誤った政治主導が混乱を助長したとも言えるが、省庁間の横断調整の手法、少なくとも、自衛隊、警察、地方自治体(消防)の連携方法と役割分担は日頃から確立しておく必要がある。

さらには、国土構造の改編も必要だ。大震災当日の数多くの帰宅難民の発生は、過度に機能が集中した首都東京の脆弱性を証明した。関東を直撃する災害を想定すると、いつでもその機能を代替できる都市が複数存在する複眼的国土構造を構築することが望ましい。

第三には、未来に引き継ぐ「災害文化」の確立だ。
台風による水害は毎年のように襲ってくる。しかし、百年千年に一度の大地震の経験は、二世代三世代と時が経過するとともに実感が失われてしまう。
さらに科学技術の進歩が自然に対するおごりを招いた。防潮堤や防波堤があれば津波を防ぐことができるという過信が生じていたのではないだろうか。明治や昭和の大津波にもか
かわらず、海辺の平地にまちを再興してきた三陸の歴史がそれを証明している。

我々は、今回の災禍を契機に、自然に対する畏敬の念を“文化”として確立しなくてはならない。人類は大自然の中で生きている小さな存在であると言うことを心に刻み、子々孫々に受け継ぎ、世界に発信して行かなくてはならない。

有史以来、日本は何度も何度も大震災に襲われてきた。その度に我々の祖先は苦難を乗り越え、復興を果たしてきた。だからこそ我々が存在し、今日の日本がある。
そして、これからも大災害は日本を襲うだろう。地震だけではない、台風も、噴火も…。。しかし、その都度たくましい復興を支えるのが我々日本人に受け継がれた遺伝子“絆”だ。
今回の被災地“東北”も必ず復興する。この一年間の苦難の日々を通じて、日本一強い“絆”の存在が確認されているのだから。