2014 年頭の挨拶

明けましておめでとうございます。健やかな初春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

第二次安倍内閣の発足から1年。アベノミクス効果により日本の景気は着実に上昇を続け、デフレ脱却まであと一歩の段階に達しました。人口が減少する中で、この成長軌道を確かなものとするためには、大胆に経済構造を転換し生産性を高めていく必要があります。TPPによる通商ルールの革新と、先の臨時国会で成立した国家戦略特区法や産業競争力強化法を突破口に規制改革を実現し、アジア太平洋、そして世界経済を牽引する力強い日本経済を再興しなければなりません。

社会保障制度改革も待ったなしです。年々増大する年金・医療保険・介護保険給付に歯止めをかけなくては、持続可能な制度の維持は叶いません。我が国に続き成熟社会を迎えるアジア諸国の模範となるためにも、負担を先送りすることなく、社会保障制度改革プログラム法に基づき、一つひとつ課題を解決し、高齢社会の安心の基盤を築きます。

一方、世界の情勢に目を向けると、ユーロ圏の財政危機は一息ついた感はあるものの、アラブ諸国の民主化は未だ定着せず、宗教・民族間の対立状況が続いています。さらに東アジアにおいても領土問題をめぐる拡張主義の台頭により、地域の混乱が懸念されます。
我が国も靖国神社に関する諸外国の誤解の解消を急がなくてはなりません。私たちは日本のために命を捧げた先人への感謝の念を込めて参拝するのであり、先の戦争を肯定している訳ではありません。
 
歴史を振り返れば私たちの日本は「和」を重んじる国。八百万の神々のもと、仏教をはじめ多数の宗教を受け入れ融合させてきました。相手の立場を思いやり、融和する優れた力を備えていると言えるのではないでしょうか。

今年2月には平和の祭典「冬季オリンピック」が開催されます。古代ギリシアの時代からオリンピックの期間中は、いかなる争いも停戦するのが国際慣例です。この機会をとらえ、我が国が世界平和への対話をリードし、そして東京オリンピック・パラリンピックの大成功につなげたいものです。 

難局への対応力こそが未来への扉を開く鍵になります。国民の皆様の信頼を第一に、内外に山積する課題に立ち向かい、自由で活力ある日本の未来を切り拓くべく更なる努力を重ねて参ります。今年も格別のご指導とご鞭撻をお願いいたします。
年初にあたり、今年1年の皆様方のご健勝とご多幸をお祈り致します。

Japan is back

平成25年もあとわずかで幕を閉じようとしている。この1年、久々に国政の第一線に復帰させていただいた私にとっては、本当に充実した365日だったと思う。

ちょうど1年前の12月26日に発足した第二次安倍内閣は、最優先課題として日本経済の長期デフレ脱却と景気回復を掲げ、“3本の矢”で日本を再生することを高らかに宣言した。
しかし、当時、産業界はもちろんのこと、メディア、労組、そして多くの国民も「言うほど簡単にデフレの現状を打破できるのか、本当かな?」と半信半疑の視線で見られていたのではないだろうか。

あれから1年。先日公表された「社長100人アンケート」では、来年4月の消費増税で一時的に需要が落ち込むものの、設備投資の下支えと個人消費の早期回復で、半年後の9月には国内景気は今より更に上昇するとの回答が6割に達していた。
「景気の“気”とは、人々の気持ちの持ちようだ」とはよく言ったものだ。景気の好循環が始まっていると考える経営者の増大が、設備投資や雇用を呼び起こし、さらなる景気拡大につながっていく。

今年の漢字“輪”を象徴する出来事である「2020東京五輪・パラリンピック招致決定」が国中に歓喜を巻き起こしたのも、“気”の改善に大いに寄与した。五輪招致はスポーツ関連施設整備や観光需要創造の契機ともなり、「第四の矢」として経済成長のブースターとなるだろう。

まだまだ予断を許さないが、「第一、第二の矢」が絶大な効果を発揮し、円安進行による輸出産業の業績改善、重点的な公共投資による国内需要拡大が、景気回復に大きく寄与しているのは事実だ。東証指数はバブル期にも例がないほどの伸びを示し、1年間で1.5倍以上になっている。これこそがアベノミクスの最大の成果と言えるだろう。

私自身もこの1年、微力ながらアベノミクスを後押しする政策形成に携わってきた。
その第一は「研究開発力強化法」の改正。日本の長期的な成長力の基盤となる基礎研究能力の充実を図るための法改正だ。我がライフワークである科学技術の振興は「第三の矢」である成長戦略の一翼を形成すると言っても過言ではない。
iPS細胞の研究をはじめ基礎研究は成果が花開くまで長期間を要する。今回の法改正は、それに対応して労働契約の特例を設け、研究者との長期契約を可能とするものだ。前科学技術・イノベーション推進特別委員長である私は、議員立法のとりまとめ役となって法案を作成し、先の臨時国会に提案、成立させた。

二つ目は、推進議連幹事長を務めるスーパーコンピュータの開発。今、世界一の座を懸けた競争は神戸にあるスパコン“京”の100倍=エクサ級(一秒に1兆の100万倍回の演算能力)のレベルが舞台となっている。この1000億円以上の巨大プロジェクトの初年度予算として12億円を獲得した。開発整備は“京”と同じくポートアイランドの医療産業都市エリアで進められることとなるだろう。このエリアは成長戦略の核となる国家戦略特区の候補地としても名乗りを上げている。地域指定に力を尽くしていることは言うまでもない。

地元の長年の懸案である「播磨臨海地域道路」の整備計画も、ようやく前向きに動き出した。ここ5年ばかり国交省と掛け合ってきた思い入れの強いプロジェクトである。
加古川・姫路バイパスの交通量は一日10万台。設計時の2倍に達し、渋滞が慢性化、重大事故も多発している。播磨地域の強靱化には新たな幹線の整備が不可欠だ。すでに近畿地方整備局で先行着手区間の選定に向けた検討も始まっている。我が国を代表するものづくり拠点である“ふるさと播磨”を支えるために、早期着工・完成をめざしていきたい。

矢継ぎ早に放たれるアベノミクスの矢。今、その政策効果で日本経済は好循環へと向かいつつある。
12月の日銀短観では、中小企業・非製造業の景況感が約22年ぶりにプラスに転じた。景気回復が幅広く浸透しつつある証左と言えよう。
第三の矢である成長戦略を具体化する法制度、予算案も整った。あとは実行あるのみだ。
20年の景気低迷を打ち破り、日本経済が力強くよみがえる日=“Japan is back”は近い。

会期末のドタバタ

10月15日から始まった第185回臨時国会が閉幕した。
アベノミクス第三の矢である成長戦略を具体化する国会のはずだったが、終盤は特定秘密保護法案をめぐり与野党が激突。担当大臣、国家安全保障特別委員長の問責決議案、さらには内閣不信任案までも提出されるなど、またしても法案審議を度外視した茶番劇が繰り広げられてしまった。

会期不継続の原則(会期中に議決されなかった議案は廃案となる)の弊害だが、このところ国会の会期末には必ずと言って良いほど、法案の廃案をねらった無意味な審議引き延ばしが見られる。これに対抗する手段として行使せざるを得なかった強行採決。今回については、いささか強引で稚拙であったかと思わないでもないが、ギリギリになって時間稼ぎの修正案を提出した民主党の対応にも辟易するものがある。

ただ、混乱はあったとしても、成長戦略実行の二本柱となる国家戦略特区法と産業競争力強化法は成立し、日本経済の飛躍に向けた布陣は整えられた。デフレ脱却を確かなものとするために、今週末にも編成する補正予算案とともに早期の執行に移していきたい。

今国会冒頭の所信表明で訴えたもう一つの重要政策が、世界の平和と安定に寄与する「積極的平和主義」を唱える外交政策である。就任1年で、すでに25か国を歴訪した安倍首相。とりわけASEAN加盟10か国はすべて訪問し、激変する北東アジア情勢をにらみ外交・安全保障上の布石を着々と打ってきた。

昨今の東アジアを取り巻く最大の懸念事項は中国の領土拡張政策だ。我が国の固有の領土である尖閣列島を中国領と主張し、海洋進出を名目に度重なる領海を侵犯する。先月には一方的に尖閣諸島上空に防空識別圏まで設定した。同様の強引な拡張行為はフィリピンやインドネシア海域でも行われている。
また、罪なき民を拉致し、あまつさえ核とミサイルによって隣国に軍事的恫喝をおこなう北朝鮮。そして本来同盟国であるべき韓国までもが、我が国が領有を主張している竹島を占拠し、反日外交を世界各地で展開している。

これらの行為に対抗する手段が、新たに安全保障の指令塔となる日本版国家安全保障会議(NSC)であり、その活動基盤となる特定秘密保護法である。
アメリカの上院外交委員会で「日本はスパイ天国」と証言されたこともあるように、我が国は、外交上の機密情報が漏れやすいと指摘されている。
今回の法制で、外交、防衛、スパイ活動防止、テロ防止に関する秘密保全のルールがようやく整備された。首相、外相、防衛相、官房長官の4者を基本とするNSC設置と相俟って、インテリジェンス(情報収集、分析力)は格段に高まるだろう。

法案審議の最中、戦前の治安維持法になぞらえたメディアの喧伝が行われたが、首相が「一般国民が特定秘密を知ることはあり得ない。ゆえに処罰されることはあり得ない」と答弁したとおり、法の趣旨は国家機密を知り得る立場にある政治家や官僚の行動を縛るものであり、一般国民が処罰の対象となることは基本的にはあり得ない。
アメリカ、英国、ドイツ、フランスなど、民主主義の先輩国も同様の国家機密保護法制を有している。これらの国で言論の自由が棄損されているだろうか。
戦後、国民が育んできた民主主義国家が全体主義国家に後戻りすることなど、あり得ない。ここに断言しておく。ブログ読者の方々には、まずはご安心いただきたい。

しかし、法案審議の過程で、政治に対する国民の不信感が増大してしまったことは、重く受け止めなければならない。法施行まで最大1年の猶予期間がある。政府はより丁寧に法の趣旨を説明し、国民の疑念や不安を解消しなければならない。
国会議員も一人ひとりがその責務として、国家安全保障に係る特定秘密をどのように限定し、特定秘密指定権限の濫用をいかにしてチェックするか、更なる議論を深めて行く必要があると思う。

ケネディ

11月23日は“勤労感謝の日”。戦前は “新嘗祭”(にいなめさい)と言われ、新穀の収穫を天皇と国民が一体となって八百万の神々に感謝するだった。
ちょうど半世紀前のその日、翌年(1964年)の東京オリンピック開催を控えて、日米を繋ぐTV衛星中継の初めての実験放送が行われた。

今や全世界が通信ネットワークで結ばれ、あらゆる事象を茶の間のTVやタブレットで見ることができる。地球の裏側ブエノスアイレスから届いた「2020 TOKYO」オリンピック・パラリンピック開催決定の郎報を、現地と同時刻に感激を味わうことができたのは、記憶に新しい出来事だ。

しかし、わずか50年前。「日本に居ながらアメリカのライブ映像を見られる」ということは考えがたい偉業だった。日本中が大いなる関心と期待を持って、宇宙を経由して彼方から送られてくる映像を待ち、白黒テレビに注目した。高校一年生だった私もその一人だ。

その歴史的な衛星放送で映し出されるべき画像は、ジョン・F・ケネディ第35代アメリカ大統領のスピーチのはずだった。が、現実に目の前に流れたのは、世界の英雄JFKがパレード中に狙撃、暗殺される場面。世界を暗闇におとしめる悲報だった。
「輝かしい日米テレビ中継のテストであります。その電波にこのような悲しいニュースをお送りしなければならないのは誠に残念に思います」。これが海の向こうから届いた第一声である。

当時、新しい時代を切り開く若きリーダーJFKは、政治を志すか否かを問わず我々団塊の世代の憧れの存在であった。

東西冷戦下、1961年は“ベルリンの壁”建設によるベルリン封鎖危機を大空輸作戦で突破。1962年にはソ連が米国の喉元キューバに核弾道ミサイルを配備したことに対し、海上封鎖を断行。米ソ核戦争の瀬戸際の状況から、フルシチョフ書記長との交渉でミサイルの解体、撤去を勝ち取る。
宇宙開発では、1960年代に人類を月に送り込むニューフロンティア“アポロ計画”を指し示し、偉大な国家アメリカの建設に邁進した。

長身で颯爽とした風貌に、聴衆を魅了する名スピーチ。その在任期間は3年足らずであったが、その政治家としての輝く足跡は米国民のみならず世界中の人々に今なお影響を与えている。私も初出馬時のアンケート調査で尊敬する政治家は?との問いに対して、迷わず「ジョン・F・ケネディ」と答えたものだ。

あれから半世紀。その節目の年に、大統領の愛娘キャロライン・ケネディ氏が駐日大使として着任された。初の女性アメリカ大使である。
先週19日、皇居・宮殿で行われた信任状奉呈式に2頭立て儀装馬車で参内するケネディ氏を一目見ようと、沿道には人々が溢れた。新大使も、この歓迎に応えるように、普天間基地の移設に意欲を示し、東北の被災地を訪れるなど、精力的な活動を始められている。

ケネディ大使を巡っては、政治、外交経験の乏しさを懸念する声も聞かれる。しかし、父を始め名政治家を輩出する血統の裏付けは確かであり、オバマ大統領やケリー国務長官との太いホットライン、そして、この一週間で示してもらった行動力は心強い限りだ。
3年3ヵ月続いた民主党政権のドタバタ国政運営で、一時期、日米同盟が大きく傷ついた。その間隙をつかれた形で、中国の拡張戦略が強まり、アジアの安全保障が揺らいでいる。我が国が直面する外交政策は課題山積だが、新大使の活躍によって日米の絆を更に強め、日米協調のもとアジア太平洋の未来を拓いていきたい。

11月14日

昨年の今頃、私は来るべき総選挙に向け日夜地元で活動を続けていた。
朝の駅立ちから始まり、日中は街頭でマイクを握り我が党の政策をアピール。夜は引き続き後援会の会合や地元のイベント参加と、返り咲きを目指し多忙な日々を過ごしていた。

平成21年の政権交代から3年が経過し、その間、鳩山、菅、野田と3代の民主党内閣が誕生していたものの、国を運営するにあたり外交、内政とも能力不足、経験不足、胆力不足を露呈し、山積する内外の諸問題に対処できず、数々の失政を重ねた。
当時の野田政権は衆参のねじれ国会によって何事も決めきれないと揶揄されていた。財政再建を一枚看板に消費税増税、つまり“社会保障と税の一体改革”を掲げ、「近いうち解散」を国民に約束し、民・自・公による3党合意を取り付けたまではよかった。だが、民主党内の激しい抗争により離党者が続出、一方、自民党でも次期首班に直結する総裁選が9月に実施され、夏から秋にかけて政局は解散含みで大きく揺れ動いた。

私自身は長年培ってきた与野党の同僚からの情報で、年内解散総選挙の可能性がかなり高いと予想していたが、解散の主導権を握る政府・与党民主党のなかでは世論調査動向の分析を通じて厭戦気分が広がり、総選挙は早くとも年明け、通常国会冒頭との見方が永田町では支配的だったように思う。

政界では「一寸先は闇」とよく言われるが、その言葉を絵に書いたような事態が昨年の11月14日に起こった。
その日の播州地方は穏やかな小春日和で、稲美町の六分一交差点での街頭広報活動を終えて、午後3時から始まった国家基本政策委員会での党首討論に聴き入った。

カーTVの映像は安倍自民党新総裁がゴールドストライプの勝負ネクタイを締め、高揚感溢れ気味に「(消費税増税法案成立で)私たちは約束を果たした。あとは勇気を持って(解散を)決断してもらいたい」と詰問。それに応える形で野田首相は、「消費税を引き上げる前に国民の皆様に約束して欲しい。特例公債の発行。そして一票の格差是正と国会議員の削減。定数削減は来年の通常国会で成案を得る。それまでは議員歳費2割削減する。約束していただければ、16日に解散をします。やりましょう、だから」と、逆提案。
「いま、首相、16日に解散する(と言った)。約束ですね。よろしいんですね。よろしいんですね」と、いささか興奮気味の安倍総裁。解散総選挙の流れは一気に決した。

光陰矢のごとし、あれから早や1年が経過しようとしている。アベノミクス効果もあり景気指数は回復し出した。今のところ内閣支持率は高く自民党支持率も安定している。
永年のデフレから脱却することが、安倍内閣と連立与党にとって第一の命題である。正に、これからが正念場だ。

昨年の我が党の選挙公約は“「日本を取り戻す」。”
その公約を実現し、もう一度日本を世界のなかで輝く国にしなければならない。
それが「未来への責任」だと、改めて思う今日この頃である。

自衛権

15日に召集された臨時国会は安倍首相の所信表明演説、そして各党の代表質問も終え、先週21日からは衆参の予算委員会に所を移して、本格的な議論がスタートした。

安倍総理自ら“成長戦略実行国会”と銘打った今国会。政府としては民間主導の自律的な経済成長を加速するため、「産業競争力強化法案」や「国家戦略特区法案」の審議・成立を最優先したいのは言うまでもないが、予算委員会での質疑は多岐にわたる。

福島第1原発汚染水漏水問題から始まり、アベノミクスを中心とする経済政策の成否、加えてTPP交渉内容の経過、また、外交・安全保障政策に関しては司令塔となる日本版NSC(国家安全保障会議)の創設や密接に関連する特定機密保護法案、そして集団的自衛権を巡る安全保障問題等々、議論すべき問題には事欠かない状況でもある。

中でも長らく国会での議論を避けてきた感がある安全保障の課題については、この際しっかりと時間をかけて審議する必要がある。

臨時国会前の10月3日、日米の外交・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)が、初めて東京で開催された。この会議の成果である共同文書には、日米同盟をよりバランスの取れた実効性あるものに深化させるとともに、日本の役割を拡大する旨が謳われている。具体的には、国家安全保障会議(日本版NSC)の設置や国家安全保障戦略(NSS)の策定、防衛大綱の見直し、防衛予算の増額、そして集団的自衛権の行使容認の検討などである。

「集団的自衛権」は国際法の上からも主権国家固有の権利である。そして権利である以上、その行使も可能であると解する。誰しも、親しい友人が他人から襲われ、危機に瀕している時に、平然とそれを見過ごすことはできないだろう。同盟国の危機に際して、共に戦うことは権利と言うよりも責務と言うべきかもしれない。
私は従来の内閣が示してきた「保有しているが行使はできない」という憲法解釈の方に無理があるように思う。ただ、だからと言って解釈変更のみで国家の方針を「保有し行使できる」に改めるのもいかがなものだろう?

集団的自衛権の行使は安全保障の柱とも言える重要方針である。今、それを安直に解釈変更という手法で変更すれば、後々、解釈による再変更を容認することになりかねない。言うまでもないことだが、法治国家である以上、国家の基本原則が時の政権の意向によって恣意的に変更されることは許されるべきではない。この際、少々時間がかかったとしても、最低限、立法措置により変更点を明確にし、そして、できれば憲法そのものを改正し、自衛権について明確な記述を定めるべきだろう。

昨今、北東アジアの軍事的な緊張が高まっている。
巨大な隣国は20年以上にわたって毎年10%以上の国防予算を増額し、軍拡路線を突き進む。この国は、我が領土である尖閣諸島のみならず、フィリピンやベトナムの領土である南シナ海の島々でも軍事的圧力を強化している。朝鮮半島の独裁国家は先軍政治の旗を掲げ、再三にわたる核実験とミサイル発射で周辺国を威嚇して、あまつさえ我が無辜の民を拉致し知らぬ存ぜぬ頬被りだ。そして、準同盟国であるはずの韓国さえも、第二次大戦後の混乱に紛れて実効支配を始めた島根県・竹島での軍事訓練を行っている。

これらの緊張感を解くべく、第一に外交努力が欠かせないのは当然だ。しかし、外交を成就させるためにも、交渉力を高めるためにも、軍事同盟の存在は大きな武器となる。
国民の生命と財産を保護し、領土や領海という最大の国益確保を最優先するために、安全保障の課題について、憲法論議も含め、しっかりと現実的で責任ある議論を展開していきたい。

改革の決め手は国民目線

参議院選挙後、一時は秋の内閣改造が話題に上ったが、結果的には全閣僚が留任した。
政権が発足したのは昨年末。改造となれば大臣の在任期間は僅か10ヶ月となり、いささか短い(私の文部科学大臣在任は10ヶ月であったが…)。10ヶ月では充分に力を発揮することは難しいし、官僚支配と言われている状況にも陥りかねない。

当然のことながら、政権運営上問題がなければ、大臣はできる限り長期間務めるべきだ。一内閣一閣僚という、かつての民主党の主張は正しいと言える。(ただし結果的に民主党政権後半は閣僚ポストのたらい回しが行われたが…)
そして「改造見送り」という今回の選択は正しい判断だ。続投される閣僚の皆さんには、これまで以上の活躍を期待したい。

ただ、一方で、3年3ヶ月の野党時代のツケもあり、自民党内には閣僚適齢期の議員を数多く抱えている。政治の道を進むからには、誰もがポストを望むのも当然だ。閣僚も含めた人事は、政党運営上の難しい課題であり、総裁の腕の発揮しどころでもある。

この秋の一連の人事では、党三役をはじめ主な党幹部も留任し、いささか地味なものとなったが、副大臣や政務官(政府)、常任委員長や特別委員長(国会)については全面的に入れ替えが行われた。
その中で、私は「科学技術・イノベーション推進特別委員長」の任を離れ、新たに自由民主党の「党・政治制度改革実行本部長」に就くことになった。

科学技術政策は私のライフワークである。今後ともこの分野の政策決定に積極的に係わっていくことは言うまでもないが、当面は、党改革・政治改革の実行に全力で取り組む。

一言で党改革・政治制度といっても、テーマは広範に亘る。既に今年の2月に、逢沢一郎前本部長のもとで取りまとめられた実行本部の答申では、「総裁選公選規程の見直し」「候補者選定方法」「予備選挙の実施」「ネット選挙解禁への提言」「派閥問題」「政策立案能力向上対策」「政党助成金要件の改正」「党本部改革」などについて提言がなされている。

そのうち、「総裁選公選規程」は今年3月の党大会で改正が行われ、決選投票に地方票を取り入れる仕組みができた。「ネット選挙解禁」は4月に法改正も行われ、先の参議院選挙から実施されている。一方で、派閥や政策立案能力の問題は、長期間課題とされながら、未だに決定的な方策が見いだせていないテーマだ。

諸外国より「3周遅れ」といわれる国会改革の議論集約も急がれる。既に我が党では、効率的な審議システムへの改善策等を「新しい国会の在り方」として取りまとめている。今後、自・公・民・維新で構成する協議会をスタートし、議論を深める。スピード感を持って結論を得たい。

「民無信不立(民信なくんば立たず)」。課題は多くとも、政治改革の本質は孔子の時代から変わらない。そして、政治への信頼を得るためには、永田町の慣習にとらわれない国民目線に立った政(まつりごと)を行わなくてはならない。

昨年末の総選挙や先の参議院選挙で、我が党にも多くの新人議員が誕生した。これらの新しい議員が日本の政治に新鮮な空気を送り込んでくれるものと期待している。
そして私も、初心を忘れず。同士とともに「ユートピア政治研究会※」を結成した若き日を思い起こし、今一度、理想の政治を求めて改革に挑戦したい。

好天に恵まれた今年の秋祭りも終わり、いよいよ今日から臨時国会が始まる。緊張感を持って審議に臨みたいと思う。

※昭和63年、自民党の若手議員10名が政治改革に挑むべく結成した政策勉強会。

実りの秋 本番!

「これまでに経験したことのないような大雨」や「ただちに命を守る行動を」など、新しい気象予報用語が次々に発信された今年の夏。何よりも“これまでになかった猛暑”が日本列島に猛威を振るったが、まだまだ暑い日があるとはいえ、さすがに彼岸を過ぎると秋の気配も感じる今日この頃である。

実りの秋の到来とともに播磨路に祭りの季節がやってきた。これから約3週間、故郷は今年もまた祭り一色に染まる。すでに我が家(高砂市曽根町)では、夜な夜な屋台の太鼓の練習音が聞こえてくる。

私も氏子の一人である曽根天満宮では、今年は国恩祭(※)の輪番になっていたため、ゴールデンウィークに続き2度目の屋台の練り出しとなるが、やはり盛り上がるのは秋祭りだ。
宵闇迫る境内で、一斉に各屋台の布団屋根にイルミネーションが点灯する。クライマックスの練り合わせでどの町の屋台が威勢よくて強いやら、13・14日の例大祭が今から待ち遠しい。祭り好きの仲間とともに今年も大いに楽しみたい。

さて、祭りが終われば15日からいよいよ臨時国会が始まる。
産業競争力強化法案をはじめ、成長戦略の実現を加速する新規政策群の創設はもちろん、国家安全保障会議設置法案や特定秘密保護法案、公務員制度改革関連法案などの重要法案の審議、加えて通常国会終盤の混乱で積み残した形の電気事業法の改正案の処理も急がなくてはならない。

私のライフワークである科学技術政策の分野でも、平成20年に制定した「研究開発力強化法」の改正法案を提出する方向で、党内議論を進めている。

安倍総理は「日本を世界で最もイノベーションに適した国にする」と繰り返し発言している。その実現への原動力となるのは、研究開発能力のさらなる充実による国際競争力の強化だ。産官学の連携を進める人材流動化、長期安定的な研究開発資金の提供、研究成果の実用化を進める規制緩和等の施策を推進しなければならない。財政当局や規制官庁の抵抗は強いが、その壁を打ち破り、改正法案を提出、成立に導きたい。

通常国会が閉幕したのが6月26日。参議院選挙と5日間だけの臨時国会があったとはいえ、実質的な法案審議は既に3カ月以上休止している。
この間、福島の汚染水問題がクローズアップされ、TPP交渉も年末の決着に向け最終段階に入っている。
課題は山積しているが、スピーディーな議論を展開し、決められる政治の実現に努力しなければならない。

※国恩祭…江戸時代末期の天保年間に起こった大飢饉(1830年代)に由来する。飢饉による人心荒廃を憂いた加古(旧・加古郡)と伊奈美(旧・印南郡)の神職が集まって、「祓講」という組合組織を結成して、郷土の繁栄と安泰を祈願する臨時の大祭をおこなったのが始まりと言われている。毎年5月に旧加古郡と印南郡の22の社が2社ずつ輪番で務め、11年に一度当番となる。

TOKYO 2020

8日の未明、数多の国民がTVに釘づけになっていたことと思う。
午前5時20分過ぎ、IOC会長のジャック・ロゲ氏が、投票結果が記されたボードを取り出し裏返した瞬間、「トーキョウ」のアナウンスとともに“TOKYO 2020”の文字が眼に飛び込んできた。ブエノスアイレスのIOC総会会場は勿論、夜を徹して日本各地で朗報を待っていた多くの応援団から大歓声あがった。

それにしてもハラハラ、ドキドキの一夜であった。
優位が伝えられながら敗退を喫した4年前の記憶があるだけに、1回目の投票後、スクリーンから「TOKYO」の文字が消え、マドリードとイスタンブールが同数と発表された時には、負けたと思われた方も多かったのではないだろうか。

正直、イスタンブールとの決選投票となった時、一瞬、不吉な思いが脳裏をよぎった。
イスタンブールの招致コンセプトは「ヨーロッパとアジアの架け橋」と、非常に分かり易く魅力的に思えたし、イスラム教国家で初めてのオリンピック開催もタイミングがよい。一方で、我が東京は、投票日を目前にしてフクシマの汚染水問題がクローズアップされていた。

決選投票の結果は60対36で東京の勝利。イスタンブール、マドリードの健闘を心から讃えるとともに、竹田招致委員会理事長をはじめ、招致関係者のチームワークに心から敬意を表したい。

今回の東京招致活動では、移動距離など選手に負担をかけない“アスリートファースト“を掲げ、安心で安全な成熟都市「東京」を強調した。そして、2回目の投票で逆転敗退した前回の結果を教訓に、IOC委員への緻密なロビー活動も行なうなど、地道な努力を積み重ねてきた。

何よりも素晴らしかったのが、投票を前にした日本のプレゼンテーションだ。安倍首相、猪瀬知事、太田選手、佐藤選手ら、それぞれのスピーチはしっかりと役割分担され、東京の、日本の魅力を様々な角度から余すことなく伝えていた。何よりも熱い心が伝わってきた。加えて、高円宮妃久子さまの震災復興支援への感謝のスピーチも大きな力となった。

半世紀前、昭和39年(1964)の東京オリンピック招致は、高速道路や新幹線等の交通基盤の整備を進め、今日の東京の原型を形作った。そして、経済効果は全国に波及し、日本の高度経済成長の起点となった。

今、日本は人口減少社会の入り口に立っている。行く手に待ち受けるのは世界が経験したことのない超高齢化の時代だ。
“TOKYO 2020”五輪・パラリンピック招致成功は、この時代の転換点に対応した新たな社会システムを構築し、成熟社会を切り開く起爆剤になることだろう。
単なる建設投資による経済効果だけではない。競技へのチャレンジを通じた若者のスポーツマンシップの育成。大会運営へのボランティア参加による協働精神、互助の心の醸成。世界との交流を基軸にした新たな経済関係の創造。様々な開催効果を日本の未来を創造する力にしなければならない。

短期的にはオリンピック景気が、安倍総理の政権運営にプラスになることは間違いない。
大幅な金融緩和、国土強靭化のための財政出動、そしてイノベーションによる成長戦略。これら三本の矢に続き、第四の矢とも言えるのがオリンピック招致決定だ。もうデフレ脱却宣言の時は目の前に迫っている。

144ゲームの価値

大きく引き離されていた巨人との差を5ゲーム差までに縮小し、8月26日から首都決戦に乗り込んだ我らが阪神タイガース。3タテなら一気に2ゲーム差、久方ぶりの“阪神優勝!”“逆転優勝!”の文字が阪神ファンの脳裏をかすめ、私も内心大いに期待し一人盛り上がっていたのだが…。
残念ながら東京ドームでの対巨人3連戦は全敗に終わり、久しぶりに甲子園に戻っての広島戦も負け越した。首位巨人の背中は再び遙か彼方の8.5ゲーム差に遠ざかり、優勝マジックも19まで減少してしまった。

いつか来た道、いつもながらの風景と言えなくもないが、私にとっての今年のセリーグペナントレースは終わったも同然だ。
かつて“死のロード”と言われ苦難を極めた高校野球大会中の長期遠征も、京セラドームを準ホーム球場としてからは昔話。今年は登り調子でロードを締め括り、甲子園に凱旋する予定であったが、至極残念である。
ここに至っては、クライマックスシリーズ(以下、CS)で勝ちを収めて日本シリーズに駒を進め、日本一を狙って欲しいと願うのみだが…。

そのCSについて、先日、ある野球解説者がその制度改善を提言されていた。私もペナントレースと日本シリーズの関連づけを考え直すべきだと思う。

数年前、ロッテがリーグ3位からパリーグのCSを制し、その余勢を駆って日本シリーズでも優勝を遂げたことがある。ルールに従ってそういう結果になったのだが、チョット違和感を憶えたのは私だけではないだろう。
今年のセリーグは、巨人・阪神が他の4チームを引き離している。現在3位の広島は借金を9つも抱え、残り25試合程度で勝率5割を確保するのは至難の業だ。
それだけチーム力に差があるということかも知れないが、勝負はやってみなければわからない。特に短期決戦ではラッキーボーイの出現やちょっとしたミスで流れが決まることがよくある。
つまり、リーグ戦で5割にも達しないチームが、リーグ代表となり日本シリーズに出場。そして、日本一になる可能性もあるのだ。

加えて、CSの1位と2位、2位と3位のアドバンテージの設定にも疑問がある。
現行ルールでは、いくらゲーム差がついていても上位チームのアドバンテージは1勝のみ、10ゲーム引き離してもゲーム差なしでも同じだ。これでは順位決定後のレギュラーシーズンは完全に消化試合になってしまう。例えば、リーグ戦での5ゲーム差はCSの1勝に置き換えるというような工夫が必要ではないかと思う。

「CSは日本シリーズ出場チームを決める手続きに過ぎない。レギュラーシーズンとポストシーズンは別物。」と言ってしまえばそれまでだが、本来、日本シリーズは各リーグのチャンピオンが競い、日本一のチームを決定するものではなかったのか? 144試合のペナントレースの結果を重視した日本一決定戦のルールを設けてもらいたいものだ。

今年のプロ野球は、密室で決定された「飛ぶ試合球」問題で物議をかもしたが、民主主義のルールづくりはオープンな議論が基本。政府では、先週、来春からの消費税の引き上げの是非について、60人もの有識者から意見を聴取し、「十分な対策を前提に、予定通り4月の引き上げを支持する者が大勢」と総括した。 
CSも含めたプロ野球のポストシーズンのあり方についても、ファンの声を聞き、大いに議論してもらいたい。(と言いながらも、今年に限れば、われわれ虎キチはCSでの大逆転を秘かに期待しているのだが…。)