我らが阪神タイガースが、優勝マジック29を点灯させたのは8月16日のこと。残り37試合で2位広島に8ゲーム差をつけていた。その後、一時はマジックが消滅し不安が頭をよぎったこともあったが、9月1日に再点灯してからは破竹の11連勝。14日に2005年以来18年ぶりのセ・リーグ優勝!を決め、岡田彰布監督が6回宙に舞った。
タイガースが永年の悲願を達成できた伏線には、2015年の球団運営方針の“大転換”があると言われている。
前回優勝した後、06年からの10年間でタイガースは7回、Aクラス(リーグ3位以内)に入っている。この間、メジャーから移籍した福留孝介選手ら「FA組」はチームを精神的に支え、外国人選手は度々タイトルを獲得している。14年にはメッセンジャーが最多勝と最多奪三振、呉昇恒はセーブ王、マートンは首位打者と、助っ人は大活躍している。近年ではスアレスが記憶に新しい。
このように補強面で失敗したとは言えないのに、ペナントには手が届かなかった。2015年には、9月上旬に首位に立ちながら最終的には3位に終わった。
その年、当時の坂井信也オーナーから大号令がかかった。
「チームを壊して一から出直しや。地道に、ドラフトで素材の良い選手を取り、育てて、自前の骨太なチームにしよう」
オーナーの決断により組織の方向性が明確になり、資金の確保、新人選手の獲得、ベテランと若手の良好な関係構築など、多方面にわたる新戦略・新戦術が展開されていった。
当時の球団社長であった南信男氏(私と同郷の高砂市曽根町出身)は、坂井オーナーのビジョンを具体的な行動に移す役割を担い、組織の日々の運営において中心的な存在だった。特に、選手育成やスカウティングの強化、ファンエンゲージメントの向上、そしてマネジメント層とのコミュニケーションを効率化するなど、多くの面で貢献したと言われている。
新方針実現に向けて、球団は強いリーダー「アニキ、金本知憲監督」を熱望した。
南さんは「大転換だった。3年でも5年でもかけてやろう、となった。手始めの仕事は金本さんを口説くこと。承諾が得られるまで何度でも足を運ぶとの思いだった」と、当時を振り返る。
そして、金本新監督は“超変革”を唱え、ドラフト戦略を投手重視から野手重視に転換。16年以降のドラフト1位指名は、大山悠輔、近本光司、佐藤輝明、森下翔太選手らである。これら生え抜きの若トラが、今のチームの主力となっている。
私がこのドラマを知ったのはごく最近のことである。タイガース躍進の背景に、オーナーの決断と関係者のたゆまぬ努力があったことを知り、大いに考えさせられるところがある。
明確なビジョンを打ち出し、そのビジョンに基づいて具体的な戦略を立て、その実現に向けた種々の戦術を実行する。政治においても同じことが言える。心地よい響きだけのスローガンや誰からも不平の出ない人事を繰り返していては、世界をリードし、社会の変革をもたらすような大成果は得られない。
日本をどんな国にしようとしているのか明確なビジョンを打ち出し、そのビジョンに基づいたゆるぎない長期政策を立て、具体的なロードマップを作成し着実に事業を実行する。それが政治のあるべき姿ではないだろうか。