8月15日

68回目の終戦記念日となった昨日の8月15日、日本武道館で挙行された戦没者追悼式に参列した。遺族以外の参列者は、総理大臣、衆参両議院議長、最高裁判所長官、各国務大臣、国会議員、都道府県知事・議長などに限られるから、私としては4年ぶりに参列がかなったということになる。

先の戦争でひたすら国家と家族の安寧を願い敵弾に倒れ散華された尊い命、また、空襲の犠牲となって尊い命を失われた多くの国民に哀悼の意を表するのは、日本人として当然のことであり、政治家としての責務だと考えている。
だから私は国政に携わる身となってから、参列資格がある限り(=国会に議席を有する限り)、この式典に必ず出席してきた。

今でこそ「日本人として当然」などと偉そうなことを言ってはいるが、正直に告白するとサラリーマン時代の私は、8月15日を今ほどの特別な思いで迎えてはいなかったと思う。
しかし、日本の舵取り一端を担う立場となれば、その日の重みは大きく増す。国益を守る最終手段とも言える「戦争」、敵味方を問わず数多くの犠牲者が避けられない「戦争」、その行為を始めるのも終えるのも政治の責任だ。先の戦争では310万人もの国民の命が失われた。今日の日本の繁栄は、その政治決断の結果による尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。

今さら当時の政治家の責任を問うているのではない、すべては結果論である。
列強各国が軍事力を背景とした帝国主義に走り、領土拡張を目指していた20世紀初頭。日本の力でアジアを米英仏蘭から解放し、大東亜共栄圏を構築するため、戦争を“国是”とする大きな歴史の流れが、日本を飲み込んで行ったのは事実だ。

ある番組のインタビューで、終戦当時20歳だった女性が許婚を戦場に送り出した時を振り返り、「当時は国全体が戦うのは当然と考えていた。そんな時代だったから彼は何の疑問も持たず旅立ったし、そんな彼を私も静かに見送った」と答えておられた。
大学を繰上げ卒業し陸軍主計少尉として大陸へ渡った父も、「国全体が戦争に向かって一丸となっている時、戦地へ赴くことに何の疑問も持たなかった」と語っていたが…。
一般国民としては、それがごく普通の考え方だったのだろう。

ただ、その歴史の流れを創るのも人なのだ。

米英から石油の輸出を止められては、武力で応じざるを得なかったのかもしれない。一方で、独伊ではなくソ連と組み、粘り強く交渉すれば活路が見いだせたかもしれない。
開戦は避けられなかったとしても、終戦をもっと早く決断していれば、空襲による犠牲は少なくてすんだかもしれない。

逆に、あの時点で、8月15日で、戦いを終えていなければ、本土決戦の美名のもとに日本国は完全に消滅していた可能性もある。
その時々の国政課題への決断を行うのが政治の役割である。その結果は、日本の針路を定めることになり、国民生活の将来を左右することになる。

さて、先日行われた参議院選挙で“衆参のねじれ現象”は解消された。安倍政権の支持率も依然として高い。しかし、消費税、TPP、社会保障改革など行く手には多くの困難な課題が山積している。

「今この国の為に何ができるか?」「何を為すべきか?」
この国の歴史を振り返り、先人の思いを顧み、未来を担う子どもたちの将来にも心を馳せ、「未来への責任」を果たしていきたい。
「8月15日」を意味ある記念日にするためにも。

ゲリラ豪雨

昨夜(8月4日)地元の加古川で開催された花火大会、一昨日のみなと神戸花火大会は、ともに無事に開催され大勢の見物客で賑わったが、今年は全国各地で打ち上げ直前直後の花火大会中止が相次いでいる。犯人はゲリラ豪雨だ。
突如として黒雲が広がり、バケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われ、30分もすると何事もなかったように晴天が戻る。そんな熱帯のスコールを思わせる、局地集中豪雨が多発している。

花火の中止はまだしも、災害につながる例も数多い。神戸の都賀川では5年前、数分のうちに急増水した激流が河川敷でバーベキューを楽しむ人々を飲み込んだ。先月末、山口、島根をおそった集中豪雨は、1日で1ヶ月分の雨を降らせ、多くの浸水被害を引き起こした。被災された方々に、心からお見舞いを申しあげる。

ゲリラ豪雨に限らず、九州南部や奄美諸島の異常小雨、東北の長梅雨と低気温、連日35℃を超える太平洋側の猛暑等々、経験したことがない気象現象が増加している。個人的な感覚からしても、地球の温暖化が進み、日本が熱帯化しつつあるのは事実かも知れない?
しかし、「観測史上最高の」「経験したことがない」と言ったところで、その物差しは我々人類の歴史が始まってからのこと、地球自体が経験してきた歴史や経験ではない。誕生以来45億年以上の地球史では赤道も含めて地球全体が凍結したり、マントルの大量噴出(スーパープルーム)で生物がほとんど絶滅したこともある。

地球はこの数百万年の間、約10万年単位で氷期と間氷期を繰り返しており、現在は間氷期にあるという。氷期には世界の気温は6~7℃低下し、氷河がカナダや中国北部まで拡大する。その一方で、世界中の海面は100メートル規模で下がり、北海道はシベリアと陸続きになるのだ。
これに対して、人類の歴史は未だに20万年程度、文字を使いこなす四大文明が始まってからはわずか五千年ほどである。地球の大きな気候変動を体感したとはとても言えない。

我々人類がいかにして地球環境の変化に対処するか。
まず、短期的な自然災害対策だが、一つは、従来型のハード中心の国土強靱化だろう。河川堤防や岸壁の強化で氾濫を防ぎ、砂防ダムで土砂崩れを止める。都市部では雨水の一部貯留施設(地下タンクや校庭貯留)を整備し、舗装の透水化を進める。まだまだ公共事業の役割は大きい。
二つ目はソフト面の強靱化。強靱化は英語では「resilience」としている。弾力性、柔軟性の意味だ。直撃をかわすしなやかさ、被災した場合も復元力を高めなければならない。地域全体の安全性を高め、有事の復旧復興計画や支援協定を被災前に設定しておくことも有効だろう。

一時あれ程熱心に議論された地球温暖化対策は、福島の原発事故以来エネルギー確保の問題に心を奪われ、忘れられた感があるが再強化に取り組まなければならない。要するに急激な気温上昇を避けるための努力だが、具体的には化石燃料の消費量を減らしていくしかない。この意味において、原発がほとんど休止し、旧式の石油、石炭火力発電所がフル稼働している現状は最悪といえる。京都議定書で定めた1990年比6%削減が達成できないどころか、排出量が増加してしまう可能性もあるのではないだろうか。バランスのとれたエネルギー戦略を早急に定めるとともに、国民一人ひとりが最大限の省エネ努力を行うことが肝要だ。

さらには超長期的には地球の変化に逆らわず、順応することだ。(ここからは半ば仮定と空想の世界ではあるが・・・)
直近の氷期は1万年前に終わったばかりという。つまり10万年単位の変化のサイクルから言えば、今後数万年は地球は温暖化に向かう可能性が高いと思われる。と言うことは、海面上昇や熱帯化に備えて、高台へ、北部へと移住することが、今後の都市計画のポイントかもしれない?

8月に入り、これから一年で最も暑い時期を迎える。気象庁の長期予報では全国的に晴れる日が多く、平年を上回る暑い日が続くといわれている。巷では千年に一度の暑さという予想もある。
まだ暫くは我慢の日々が続きそうだ…。

日本人は「春・夏・秋・冬」、列島の四季の移ろいに寄り添い、美しい自然と共生するなかで歴史と素晴らしい文化を育んできた。しかし異常気象の前には、この文化も廃れざるを得ないのか?
いや、日本の長い歴史の中で根づいた季節の文化を守っていくために、我々は最大限の努力を惜しんではならない。

ねじれ解消の先に

既にご承知のとおり、参議院議員選挙は自民党の圧勝に終わり、自公の与党は参議院でも安定過半数を確保することとなった。アベノミクスの成果を、国民の皆様が高く評価していただいたと言えるだろう。

これで当面、日本の政治は安定する。逆に言えば、我々与党は政策決定においてねじれ国会を理由にすることはできなくなるということだ。これからは、6年あまりの間、迷走を続け、先送りされてきた政策判断を一つ一つ責任を持って下していかなくてはならない。

まず目前に控えるのは23日から正式に参加するTPP交渉。今は懐かしい菅総理時代に参加を表明してから3年弱を経てようやくスタートラインに立てた。失われた時間は今更どうすることもできないが、全力を挙げて情報収集し、グローバル社会を先導する経済ルールづくりに取り組まなくてはならない。併せて農業分野への影響もしっかり把握し、競争力強化を図る必要がある。

消費税率の引き上げ判断の期限も、あと数ヶ月だ。こちらはアベノミクスの成果で順調にGDPが伸びつつあり、安心して推移を見守ることができる。むしろ、政策課題は税率引き上げ時の混乱回避ではないか。取引に関する付加価値対して課税し、流通の諸段階で広く薄く公平に負担するのが消費税だ。円滑な転嫁を妨げる行為がないようにしっかりとした監視体制、ルールを定めなくてはならない。将来的には、社会保障・税番号(マイナンバー)制度を活用し、より、公平で透明な課税システムを構築していきたい。

8月に結論を出すはずの社会保障制度改革の方は難問山積だ。国民会議の議論は行われてきたものの、まだまだ制度改正案といえるレベルにはない。しかも、どちらかというと少子対策や年金に関する給付充実策の議論が目立ち、肝心の給付抑制、財政負担軽減策については理念にとどまっている。厳しい判断になるが、与党としてしっかり議論をリードし、家族のあり方地域社会のあり方を含めた、制度設計の抜本改革が必要になるだろう。

周辺諸国との外交、安全保障政策いついても、失われた時間の回復が急がれる。

領土問題を巡ってこじれてしまった日韓、日中の外交は一日も早く正常化しなくてはならない。今の状況は双方にとって、失うものが大きい。まず政府間の関係を正常化した上で、草の根レベル、国民レベルで歴史を共有する努力が必要だ。

普天間問題に端を発する日米安保問題は、国防を考える一つの好機とすべきかもしれない。もちろん当面は、現行の日米合意に沿って辺野古への移転を進めるが、中長期的には我が国の防衛力を高め、米軍を代替することも考えるべきではないだろうか。

このほかにも政策課題は数多い。日本が決められる政治を取り戻したことを内外にアピールするためにも、スピード感を持って党内議論をこなし、山積する課題に的確に対処し、6年間のねじれのロスを取り戻していきたい。

一方で、今回の選挙を通じて、残念なことが二つある。

一つは、投票率の下落傾向が止まらなかったことだ。全国の投票率は52%。前回比で5ポイント下回り、歴代3番目の低さだ。話題になったネット選挙解禁も空振りに終わり、国民と政治家の議論は深まらなかったということか。

以前にもこの稿でも触れたが、低投票率は有権者の政治不信の現れだ。今回の圧勝劇も、投票率をみるとその価値が半減しまう。

もう一つは二大政党の崩壊だ。あまりにもあっけなく民主党の地位が数ある野党の一つになってしまった。私は若き日、「ユートピア政治研究会」の一員として政治改革を目指していた頃から、政権可能な二大政党制こそが、健全な民主政治の基本であると信じている。その体制がいつまでたっても確立されないことは残念だ。

野党が再編され、我々与党としっかり政策議論できる主体が構成されることを期待したい。

日本という国の将来像は、日本国民が定め、一人ひとりの活動で創りあげるもの。政治はそのための手法である。我々政治家と有権者の皆さんをどうつなぐか。

難しい課題だが、これからも理想の政治制度を求めて挑戦していきたい。

あべぴょん

第183回通常国会は6月26日に閉幕した。
150日の会期で、政府提出法案75本に対し63本が成立。与党の自画自賛ではないが、“ねじれ国会”にしては、まずまずの成立率だったのではないだろうか。

ただ会期後半、参議院議員選挙が迫ってくるとともに、与野党とも政局重視の態度が強まり、いつもの醜態が繰り広げられた。衆議院議員選挙制度の本格改正については全く議論がかみ合わず、社会保障制度改革を巡る自公民の三党協議も実りがないまま決裂した。
そして、ついに会期末には参議院で安倍総理に対する無意味な問責決議まで可決され、そのあおりで、本来は可決されるはずだった電気事業法改正案をはじめとする重要法案が廃案に追い込まれてしまった。

選挙戦という戦いを目前にすれば、各党の主張が対立するのはやむを得ないとも言える。しかし、国会の本来の機能は法案審議であり、政党の主張を繰り広げるパフォーマンスの場ではない。今回もまた、国会が自らの存在意義を貶めるかのごとき運営が繰り返されてしまったことは、本当に残念だ。国政を担う一人として責任を感じる。

この会期末の顛末を見る限り、国政の安定のためには、来る参議院選挙に圧勝し、“ねじれ”を解消するしかないのだろう…。

さて、その通常国会で可決された法案の一つが公職選挙法の改正案だ。2月にもこの稿で取り上げた、いわゆるインターネット選挙解禁法案である。
今夏の参議院議員選挙から適用され、一定の制限はあるものの、これまで全面的に禁止されていた選挙期間中のネット活用が可能となった。候補者や政党等、そして有権者もブログやツイッターなどを利用して候補者の応援等ができる。

制限の一つがメールの発信主体で、候補者と政党に限られている。
私の場合も今回の選挙については候補者ではないので、メールでの選挙運動はできない。ゆえに、このメールマガジンも参議院選挙が終わるまでは、 “李下に冠を正さず”、しばらく配信を控えさせていただく。

代わりにではないが、我が自由民主党の政策や候補者情報の収集については、従来のホームページに加え、先月26日に公表したスマートフォン向けアプリ「自民NEWS」もご活用いただきたい。加えて同時デビューのゲームアプリ「あべぴょん」でも、安倍総理を参議院選の大勝利に向けてジャンプアップさせていただきたい。

都議選が終わって

23日に投開票が行われた東京都議会議員選挙は、事前の予想どおり国政与党の自公の圧勝に終わった。両党とも候補者全員が当選し、過半数の64議席を大きく上回る82議席(自民59、公明23)を獲得する結果となった。候補者全員が当選するのは都政史上初めてのことで、前代未聞の勝利と言えるだろう。

都議選の結果は、直後の国政選挙の先行指標になると言われる。12年前の平成13年(2001)の6月には、4月に誕生した小泉政権のブームにあやかった自民党が、改選48議席から5議席伸ばして53議席を獲得した。その余勢を駆る形で臨んだ7月の参院選でも、改選121議席に対して自民単独で64議席を獲得するという大勝利を果たした。

逆に、前回平成21年(2009)7月の都議選では、(当時は日の出の勢いであった)鳩山代表率いる民主党が改選前プラス20増の54議席を獲得、初めて都議会第1党に躍り出る大躍進を遂げた。我が自民党は改選議席を大きく下回る38議席に留まり、大敗北を喫する。2カ月後の8月に行われた総選挙でも民主党の勢いは衰えず、自民党は結党以来の大惨敗を蒙り、政権を譲ることとなった。

今回の首都決戦で、昨年の衆院選に続き、都市型政党の典型といわれる民主党を打ち負かしたことは、我が自民党にとっては来月の参院選に向けた明るい材料と言える。
が、政治の一寸先は闇といわれている。決して気を緩めることなく、緊張感をもって参院選に臨まなくてはならない。

ただ気がかりなのは投票率の下落傾向だ。ネット選挙時代のスタートを飾るように思えた今回の都議選だったが、投票率は43.5%にとどまった。歴代ワースト2だそうだ。この著しい投票率の低下は、有権者の政治不信のメッセージと受け止める必要がある。

決められない政治の根源である衆参のねじれ状態を解消し、政治の安定を実現するには、来るべき参院選で与党である自民・公明両党が勝利しなければならない。しかし、その勝利が国民の信任を得るに足らない低投票率がもたらすものであれば、勝利の意味も半減する。

明治23年(1890年)の第一回衆議院議員選挙の投票率は93%。初の普通選挙であった昭和21年(1946年)の総選挙でも73%である。
国民が政治に参画する意欲を持ってこそ、このような高投票率が実現する。自分の一票で政治が変わるという期待がもててこそ、その票を託す政治家を選ぶ気概が生まれる。

アベノミクス効果で経済には明るい兆しが出てきた。とは言っても、本格的な成長戦略の実行はこれからだ。さらに日本の未来を拓くには、人口減少に負けない社会保障制度の再構築が必要であり、行財政構造の改革も不可欠である。

来月早々に始まる参院選では、先に決定した「骨太の方針」に基づき、未来への進路を示す「選挙公約2013」をしっかりと打ち出し、国民の選択を迫らなくてはならない。そして、ネット選挙の利点をフルに活用し、政策を訴えなくてはならない。一人でも多くの方々に、我々の政策に賛同いただいてこそ、強い政治が実現できるから。

第三の矢

アベノミクス第三の矢である「成長戦略」は、与党内調整も終わり14日の閣議決定を待つばかりの状況だ。「骨太方針2013」と成長戦略の一丁目一番地といわれる「規制改革に関する答申」についても、同日に決定する。

安倍首相は4月19日に日本記者クラブで会見し、成長戦略の第一弾として「女性の活躍」を中核に位置づけた。日本では働く女性の約6割が第1子出産を機に離職する傾向がある。働き盛りを目の前に戦線離脱しているのだ。この流れを変えるため、2年間で20万人、5年間で40万人の保育環境を整え、20歳代後半から30歳代の女性就業率を改善する。こうして女性の能力をフル活用すれば、自ずと国内総生産(GDP)も押し上げることができると訴えた。

先月17日には第二弾として、今後10年間で「農業・農村の所得倍増目標」を新たに掲げ、農地の集約や大規模化、農産物の輸出を推進する方針などを表明した。TPP交渉入りを控え、守勢に回りがちな農業だが、品質で競えば世界の産地にも太刀打ちできるはずだ。

5日に公表した第三弾は、電力小売りの完全自由化やPFI(民間資金を活用した社会資本整備)によるインフラ整備、医療分野の規制改革などを進め、民間投資を喚起する成長戦略を提起した。これら出揃った成長戦略の完遂により、10年後に1人当たりの国民総所得を150万円以上増加させようとしている。

しかしながら、この三本目の矢に対するメディアの反応は必ずしも良いとは言えない。
「世界と比べ高すぎる実効法人税率(40%→世界標準は20%台)や雇用流動性を妨げている過剰な労働者保護制度が放置され、企業活動の活性化につながる踏み込んだ改革がない」、「多くの数値目標が掲げられたものの、その達成に向けた具体的な政策が示されていない」といった指摘がなされている。

確かに今回の戦略には、4月に日銀が示した“黒田ショック”(大胆な金融緩和)のような劇的な内容には欠けるかもしれない。だが、今後日本経済が目指すべき方向性はしっかり示されており、この点については誰も異論を唱えていない。
具体性に欠けるのは、これから予算編成や税制改正を通じて施策の立案を進めるのだから、当然のこととも言える。今後、夏から秋にかけて、示された工程表に従い、しっかりと施策の肉付けをし、計画を実行に移すべきだ。

安倍首相も9日のNHK番組で「秋には思い切った投資減税を決めたい」とも明言した。また菅官房長官は、「企業が国際競争を勝ち抜くためにも環境を整備するのが政府の役割」とし、法人税率引き下げを示唆している。経済戦略の目的は言うまでもなく「日本経済再生」であり、そのためには日本を世界で一番企業が活動しやすい国にしなくてはならない。その目標に向けて、考え得る手だてを総動員し、スピード感を持って政策を打ち出し、実現していくことである。

去る8日、私が主宰する新世紀政経フォーラムを姫路で開催した。講師は安倍内閣の経済政策を担う甘利 明・経済再生担当大臣だ。大臣は講演のなかで「この秋に、国家戦略特区を選定する。全国で三つか四つ、せいぜい五つの地域を選定する。大阪から神戸の阪神地区は有望な地域だ。そこでは思い切った投資の減税や規制緩和を徹底的にやっていく」と宣言した。

長期にわたるデフレと景気低迷、いわゆる“停滞の20年”から日本経済を復活させるには、我が国の総力を発揮しなくてはならない。その主役は、民間企業であり、地方の活力である。中央政府の政策を待つのみではなく、企業や自治体がアイデアを競い、必要な具体的政策や規制緩和を政府に提案する。政府はそれにしっかりと応え、政策判断を下さなくてはならない。

思い切った政策を決断するためにも、安定した政権が必要だ。その為には7月21日に予定されている参議院選挙には、必ず勝利しなければならない。

百聞は一見に如かず

通常国会も会期末まであと一月足らず。平成25年度予算は成立したものの、審議中の重要法案は山積しており、まだまだ過密スケジュールで本会議、委員会が開催されている。
先週、その合間を縫って、国立劇場で文楽(人形浄瑠璃)を楽しませてもらった。といっても私に文楽鑑賞の趣味があるわけではなく、政界でもっとも親しい友人の誘いで観劇の機会を得たものだ。

出し物は「一谷嫩軍記(いちのたに ふたば ぐんき)」。須磨、一ノ谷で繰り広げられた源平合戦の有名な一場面。若き公達平敦盛と源氏の武将熊谷次郎直実の一騎打ちが素材だ。息子と同年の敦盛を討たざるを得なかった直実の悩みと出家の真相を扱ったもので、題名は敦盛と直実の一子小次郎、二人の若武者を若木の双葉にたとえている。
作品は史実とは違った観点で構成されているが、子を想う二人の母親の心情や武士としての生き方に無常を感じる直実の姿は、観る者の心を揺さぶる。

「退屈かもしれないが、せっかくの機会だから一度観てみるか」という軽い気持ちで、国立劇場へ足を運んだ私だったが、いつしか夢中で人形劇に魅せられていた。
抑揚をつけ朗々と語る義太夫、響き渡る三味線の音色、そして3人で操る人形遣い。
人形の綾なす姿(しな)は生身の人間以上、曰く言いがたい色気を感じた。退屈するどころか、ぐんぐん劇中に引きずり込まれていく自分がいた。やはり、本物を見なければ感動は伝わらない、臨場感(現場)を大切にしなければならないと、つくづく反省した次第だ。

文楽を巡っては昨年の夏、橋下徹大阪市長が「人形劇なのに(人形遣いの)顔が見えるのは腑に落ちない」とか観客動員の努力不足などを指摘し、文楽協会に対して市の補助金凍結を突然言い出し物議をかもしたのを覚えている方も多いだろう。
文楽は、文禄・慶長年間(1592~1615)頃から発展してきたと言われている。私は400年に及ぶ文楽の伝統はしっかり守っていかなければならないと思う。文楽だけではない、歌舞伎にしろ、能にしろ、我が国の伝統ある舞台芸術は、庶民の暮らしの中で娯楽として生まれ、それを芸として高めつつ、今日まで引き継がれてきた文化である。

この文化を私たちが後世に引き継いでいくために、今の文化行政のあり方を改める必要があるのかもしれない。とかく古典的な舞台芸術というと、「専門家でないと理解できない、解説がなくては素人にはわからない」、というように思いこまれている(私もその一人だった)。 しかし、芸術の素晴らしさは、一人ひとりの体感で感じるものだ。学者がすばらしいと言うから優れているのではない。
今回の初観劇を通じて、文楽は間違いなく守るべき伝統芸術であり、文化だと私は確信した。

芸術文化を振興するには、第一に、国民誰もが“本物”の芸術を体験できる機会を提供しなくてはならない、子どもたちが“本物”に触れる芸術体験教育を実施しなくてはならない。これも文部科学行政が取り組むべき、新たな分野である。
誰もが生き甲斐に満ちた成熟社会に向けて、政策課題は尽きるところがない。

ミスター

「ミスター」と言えば、今の若者達は韓国の人気女性グループKARAのヒット曲を思い浮かべるかもしれないが、我々団塊世代の誰もが連想するのは「ミスタージャイアンツ」、元巨人軍の長嶋茂雄さんだろう。現役時代、王選手とともにON砲と呼ばれ、日本シリーズ9連覇という巨人の黄金時代を築いた名プレーヤーだ。

彼は、現役時代のみならず、引退後もテレビ、週刊誌などのメディアを通して、数々の話題を提供してくれた。巨人ファンだけでなく、すべての野球ファンが、ミスタープロ野球とも呼ばれた彼のプレーに歓喜し、拍手を送った。プロ野球の世界にとどまらず、すべての国民が彼の人柄に惹かれ、好意をもって「ミスター」と称えた。

世代を超えて幅広い人気があるのは、プレーだけでなく真摯な態度や、彼の生き様によるものであるのだろう。
私の妻も一応は阪神ファンであるが、「私は長嶋ファンである」と公言して憚らない。多くの人にとって長嶋さんは特別の存在であるに違いない。

プロ野球の歴史は、数多くの名勝負、名場面で綴られているが、劇的と呼ばれるシーンに欠かせないのが長嶋さんだ。
昭和34年、昭和天皇・皇后両陛下が初めて観戦された天覧試合で放ったサヨナラホームラン、昭和49年の引退試合の挨拶「私は今日ここに引退いたしますが、我が巨人軍は永久に不滅です」の名台詞は、今も鮮明に覚えている。

「メイク・ドラマ」「メイク・ミラクル」など、彼が作りだした新語・造語も数多い。

平成16年、脳梗塞で倒れ「自分の足で二度と歩くことは出来ないだろう」と主治医から宣告をされていたが、強い意志に支えられたリハビリで障害を克服、5月5日の授賞式後の始球式では片手でバットを振るまでに回復した。

闘志あふれるプレーで国民を熱狂させ、プロ野球を国民的なスポーツへと導いた「ミスター」。そんな長嶋さんに国民栄誉賞が贈られたのは当然の帰結である。

共に巨人の黄金時代を担った王さんが、35年も前に受賞していることを考えると、むしろ遅すぎたと言うべきだろう。

ミスターは、記念のボールやバットを自らの手元に留めないで、すぐ誰かにプレゼントしてしまうと聞いたことがある。今回の記念品である金のバットも誰かにプレゼントするのかなぁ?などとふと考えてしまう。
だが、金のバットを持とうが持つまいが、国民栄誉賞を受賞しようとしまいと、「ミスター」の称号は野球史上に燦然と輝き、永久に語り続けられるだろう。そして、その名にあこがれてプロ野球選手をめざす子どもたちが続出すること、ミスターの名を継ぐ名選手が次々と生まれることこそが、ミスターの最大の願いではないだろうか。

今回同時受賞し、ヤンキースファンに未だに愛される“ゴジラ”松井も、ミスタ
ーの後継者の一人と言って良いだろう。

スポーツ選手も含めて、多様な人材の育成。個々の才能を最大限に生かす人づくりに向けて、複線型の教育制度への改革が求められている。

国恩祭

町々村々の鎮守のお社で、盛大に繰り広げられるお祭りは、秋の播州路を彩る風物詩である。締め込みをキリリとしめて揃いの袖抜き、鉢巻、そして法被を身にまとった若衆が屋台を担ぎ、練りあわす。就職や進学のために故郷を離れている若者も、盆暮れに親元に帰省しなくとも秋の祭りには必ず帰ってくる猛者も多い。
意外と知られていないが、祭り好きの播州人は毎年5月にも祭事を営んでいる。旧加古郡と印南郡の22の社が、2社ずつ輪番で務める「国恩祭」だ。

今年は、わが町の“曽根天満宮”と隣町の“荒井神社”が11年に一度の当番で、ゴールデンウィークの5月3~5日の3日間、初夏の祭典が執り行われる。
国恩祭の歴史は古く、江戸時代末期の天保年間に起こった大飢饉(1830年代)に由来する。飢饉による人心荒廃を憂いた加古(旧・加古郡)と伊奈美(旧・印南郡)の神職が集まって、「祓講」という組合組織を結成して、郷土の繁栄と安泰を祈願する臨時の大祭をおこなったのが始まりと言われている。

11年毎の節目となる大行事ということで、各神社では当番が回ってくる年を見計らい、氏子の協力を得てお社の施設整備が行われる。ふるさとの中核施設が、住民の力で計画的に整備充実されていくことは、地域の縁を強め、活力ある社会を育むという意味でも、とても良い慣例である。
わが町でも、前回(平成14年)の国恩祭の際は、祭神である菅原道真公没後1100年目に重なったこともあり、各屋台とも布団屋根の衣装を変えるなど様々な趣向を凝らしていた。今回も前回に劣らず周到に準備が進められていることだろう。

恒例の屋台練りが行われる3日4日の両日とも、幸い晴天に恵まれそうだ。夏に向かうこの時期、担ぎ手にとっては気温が高くなりすぎると体力の消耗が激しくなるが、見物していただくには絶好の天気となりそうである。

連休中にお時間のある方は、是非、曽根天満宮にご来訪いただきたい。

アベノミクスの効果で、日本経済は現代の大飢饉ともいえる平成デフレから脱却しつつある。このゴールデンウィークの旅行消費も、明るさを増す景況とともに大きく上向いている。特に高額の国内旅行の活況は内需を拡大し、GDPを牽引する力となるだろう。
連休が終われば国会は終盤の論戦を迎える。与党の一員として、アベノミクスの第3の矢である成長戦略をしっかり仕上げるため全力を尽くしたい。

六甲おろし

“春はセンバツから”春を告げる選抜高校野球大会を「球春」と呼んでいるが、正にピッタリの表現である。

高校野球の歴史は古く1915(大正4)年夏に全国中等学校優勝野球大会としてスタート、第二次世界大戦中の数年を除いて長い歴史を重ねてきた。1924(大正13)年からはセンバツとして春の大会もスタート、今年で85回となる。

文部科学大臣として私が甲子園のマウンドに立ったのは5年前、第80回大会であった。ただ、以前にもこのコラムで言及したが、私は考えるところがあって、自ら投球せずに高校球児の一人にボールを託し代わりに始球式をしてもらったのだが…。後日、私が球を投げると期待してTVを見ていた支持者の皆さんから大変お叱りを頂くこととなった。

ところで、甲子園は高校球児の聖地でもあるとともに、阪神タイガースファンにとってもかけがえのない聖地である。
しかし、プロ野球開幕の日程がセンバツと重なるため、タイガースの開幕戦はたとえホームゲームであっても他球場で行わなければならない。

今年は第4節の対巨人3連戦が、甲子園での開幕試合となった。 

そこに至るまで阪神は3勝5敗と少々出遅れていた。一方の巨人は開幕7連勝と最高のスタートを切っていた。
伝統の一戦、しかも9日(火)の第一戦で巨人が勝てば球団新記録(開幕8連勝)がかかった大一番である。阪神VS巨人戦はファンが待ちに待った甲子園での開幕戦と重なり、球場はいやがうえにも盛りあがった。ジャイアンツの原監督も「新記録を目指して甲子園に乗り込む」と、気合充分であったのだが・・・。

結果は阪神の2勝1分け、しかもジャイアンツにとっては「31イニング連続無得点(球団タイ記録)」、「対阪神3連戦無得点(新記録)」と新記録ではあるが、期待とは正反対の結果で終わった。タイガース打戦も必ずしも好調とは言えないが、投手陣が良く頑張ったということなのだろう。虎キチの私としては、この結果にはまずまず満足はしている。

これから阪神のホームゲームは、聖地甲子園での試合が基本となる。その甲子園で勝利の美酒に酔いながらスタンドに響く「六甲おろし」は、ファンの明日への活力である。
負けても勝っても球場に足を運び続ける多くのファン(虎キチ)の期待に応えて、シーズン終了まで楽しませてほしいものだ。

オウ オウ オウ オウ 阪神タイガース フレ フレ フレ フレ!

今年は何度「六甲おろし」が聞けるのか? 期待がふくらむ対巨人3連戦だった。

*13日の淡路島を震源とする地震におきまして、被害にあわれました皆様にお見舞い申し上げますとともに、今後もご余震等に注意くださいますようお願い申し上げます。