政策論争を望む

“政界一寸先は闇”とはいささか言い古された言葉だが、このところの永田町

ではそんな出来事が頻発している。



 このコロナ禍の状況下ではまさかあり得ないと思ってはいたのだが、8月31

日夜、「菅義偉首相が9月中旬に解散の意向」との一報が永田町を駆け巡った。

毎日新聞のスクープで、一部のメディアもこれに続いた。解散報道は反菅サイド

から流されたとの説もあるが、「官邸関係者が明らかにした」とのトーンだった

ので、信憑性が高いとされた。総理が本当に考えていたかどうかは知る由もない

が、近々予定されている自民党総裁選や総選挙などの日程を睨み、選択肢として

検討されていたことは間違いないと思う。

 ただ、再選に赤信号が点滅する中、総裁選をすっ飛ばして解散を打てば自身の

保身を優先したと見なされ、党内はもちろん国民の支持を失うことは必至だった。



 伝えられている限りでは、31日深夜、安倍前総理、麻生元総理をはじめ菅政

権を支えてきた多くの重鎮や側近の小泉進次郎環境相が説得を試みたようだ。

 菅総理は翌9月1日午前のぶら下がり取材で自ら解散について言及、「いまの

状況では(解散は)できない」「まず新型コロナ対策最優先」「総裁選の先送りは

考えていない」と述べ、解散説を否定せざるを得なかった。この時点で、総理の

専権事項である“伝家の宝刀”と言われる解散権が事実上封印された。



 この解散騒ぎに先立ち菅総理が切ったカードは二階俊博幹事長の交代であった。

8月30日午後の首相官邸。首相が幹事長交代を含む党役員人事の検討を伝える

と、二階氏は「結構だ。降りてもいい」と応じたという。幹事長は公認決定や選

挙資金などの差配に大きな権限を有する。

  在任が歴代最長の5年以上に及ぶ二階氏は、その権力を行使して会長を務める

二階派を膨張させてきた。時に強引すぎるとも映る手腕に党内の不満は鬱積。安

倍氏や麻生氏ら重鎮もいら立ちを募らせていた。(内閣支持率が30%前後と

「危険水域」に低迷する要因として、世論を顧みない二階氏の言動を指摘する声

もあった)



 菅総理は3日開かれる臨時総務会などで一任を取り付け、6日(月)に党四役

を中心に人事の刷新を行い、内閣支持率を回復させ総裁選を有利に運ぼうとした

のだろうが、総裁選を経ずしての直前の人事は論理的にあり得ない。

 解散と党人事をめぐるこれらの騒ぎは、個利個略、自らの保身としか見えず、

総理は急速に求心力を失う。結局人事は行き詰まり、3日午前の役員会で突然の

辞任表明となった。



 予想もしなかった総理の不出馬、退陣表明によって、総裁選の顔ぶれも展開も

大きく変化した。週末10日には、河野太郎行革担当大臣が出馬表明。今回は出

馬しないと見られていた石破茂元幹事長も、局面が変わったとし出馬を検討して

いる。すでに出馬を表明しいている岸田文雄前政調会長、このほど出馬会見をし

た高市早苗元政調会長のほかに、野田聖子幹事長代行も推薦人集めに奔走してい

る。女性候補が2人も俎上に登るなど、多彩な顔ぶれが予想される。



 私は過去2回の総裁選では石破氏の推薦人に名を連ねた。その石破氏は週末時

点で「前2回は負けると分かっていても戦う意味があったが、三度続けて負ける

戦いに同志を巻き込む訳にはいかない。勝機があるか、情勢を見極めたい」との

こと。氏にとって今回は5回目のチャレンジ、出馬するとなると氏の政治生命を

左右する最後の戦いである。私からは言うべきことは伝えた。今はただ氏の判断

を待ちたい。



 コロナ禍の総裁選として運動面で最大限の配慮をすることは当然であるが、直

後に控えた総選挙での党の顔となる総裁を決めるとともに、次の総理を決める選

挙でもある。候補者の主張がそのまま総選挙の公約になるとともに、次の政権の

政策になる。誰を選ぶかも重要であるが、単なる「コップの中の嵐」と言われな

いように、国民の関心事に応える意味のある政策論争が行われることを、切に

願っている。