台風15号

9日に首都圏を直撃した台風15号。その被災地の復旧が遅々として進まない。
千葉市付近に上陸した台風の勢力は中心気圧960hPa、最大風力40m/s。九州や四国では珍しくない規模だが、関東に上陸した台風では過去最強クラスだった。反時計回りに渦巻く台風の風力は、進行方向の右側で破壊力を増す。風力に進行スピードが加わるからだ。その台風右側、瞬間最大風速57.5mの暴風が千葉県を襲った。

強風は屋根を吹き飛ばすとともに、送電鉄塔2基を含む数千本の電柱に損傷を与え、一時90万戸以上の大規模停電が発生した。そして停電の長期化による通信、水道や下水道などの生活インフラの崩壊が被害を深刻化させた。今なお千葉県の南部では数万戸の停電が続いており、全面復旧に今月末とも言われている。

今回の災害は文明社会が持つ弱点を改めて警告している。現代の我々の日常生活は電気なくしては成り立たない。照明はもちろん、テレビも冷蔵庫もエアコンも扇風機も、石油ファンヒーターでさえコンセントを抜くと動かない。わずか150年前の白熱電球発明から急速に普及した電気。今やこのエネルギーの欠落は文明社会を崩壊させる。

特に今回大きな問題となったのは通信の麻痺だ。ケーブルが断絶した際に主力となるべき携帯電話も、バッテリーが切れると役に立たない。今回のような長期停電では中継基地局の自家発電機の燃料も切れ、電波そのものが途絶えている。無線機や衛星通信システムを備えているべき市町村でも、一部で機能が麻痺したようだ。情報不足は千葉県の初動対応にも大きな影響を与えた。

被災者にとっても、電気も水道も途絶えたなか、何の情報も入手できず、惨状を訴えることもできないまま、唯々猛暑に耐えるという状況では、不安が募る一方であろう。全国各地からの支援物資もボランティアも、被災情報が無ければ適切な場所に届かない。

そんな中、被災者への情報伝達で力を発揮したのは、携帯ラジオとFM放送だった。乾電池で何週間も働き続ける小さなラジオ、これは阪神・淡路大震災の教訓から防災グッズとして不可欠の一品だ(できれば手回し充電機能付きのもの)。そして東北の被災地でも活躍したコミュニティFMは、デジタル化の波にも負けず今回も大いに活躍したらしい。

被災当初、数日で復旧すると発表された停電が長期化したことについて、東京電力と千葉県は、「見通しの甘さ」「被害状況確認の遅さ」を認めて謝罪を繰り返している。昨年の同時期、関西を襲った台風21号は、最大風速58.1mの暴風で上陸し、和歌山県から大阪府、兵庫県にかけて、今回を上回る約220万戸の広域停電を招いた。だが、5日目には99%復旧している。この違いの要因は何か? 今は、被災地の皆さんが一日も早く元の生活を取り戻せるように手を尽くすしかないが、後日、電力会社、自治体、そして国も首都圏の暴風災害対策を見直す必要があるだろう。台風15号の進路がもう少し西にずれていれば、秒速60mの風は都心部を縦断しており、また、地球の温暖化とともに台風はさらに大型化することが予想されるのだから。

検討すべき要素は多岐にわたる。災害を予防するための(電柱を含めた)インフラメンテナンスの充実、災害が起こった際の広域連携協力体制の構築、各地域から送られる支援を受け入れる「受援体制」の準備、各地域での避難訓練や自主防災組織の組成等々。
「想定を超えていた」「見通しが甘かった」との言葉が繰り返されることのないよう、あらゆる角度からの考察が必要だ。

今回の長期停電や電柱による景観阻害を踏まえ、少々未来のことを考えると、エネルギー供給体制を集中配分型(巨大発電所から遠距離送電方式)から分散自立型(家庭・事業所への発電機設置)へ転換しても良いだろう。自然エネルギーの多用や燃料電池の技術進歩がそれを可能にしてくれるのではないだろうか?

今夏も猛暑が続いたが9月も半ばを過ぎると、さすがに朝夕は過ごし易くなってきた。
私の地元である東播磨一帯では恒例の秋祭りの準備が始まった。何処からともなく聞こえてくる祭り屋台の太鼓の響きに、秋の訪れを感じる今日この頃である。(10月13・14日に台風襲来が無いことを願いつつ。)

※仮に時速100kmで移動していれば、進行方向右側は秒速にして28mほど風力が増す。