原発ゼロ

先週末、政府は「2030年代に原発稼働ゼロ」を目標に掲げた「革新的エネルギー環境戦略」を決定した。大飯原発の再稼働をはじめ、現実的で責任ある政策決定を行ってきた野田総理とは思えぬ大衆迎合的なスローガンだ。

新戦略では第一の柱で「原発に依存しない社会の一日も早い実現」を基本方針としている。
しかし、エネルギー戦略の議論は、原発の要否から入るべきではない。
産業構造に応じた「安定供給の確保」、地球温暖化をはじめとした「環境問題への適合」、市場原理の活用による「コストの低減」、等々を検討のうえ、実現可能な最適ミックスを引き出す。これはエネルギー政策基本法で定められたルールだ。その結果として原発が不要であればその比率を縮減してゆけばよい。

我が国はエネルギー自給率わずか4%の資源小国である。しかも島国故に大陸諸国のようにパイプラインや電線で簡単にエネルギーの取引を行うこともできない。過去数回のオイルショックではこの弱点を突かれた形で、産業活動や国民生活が大きな打撃を被った。故にエネルギー戦略は慎重に、安定供給を第一に考えなくてはならないのだ。

これまでの戦略は、エネルギー政策基本法に基づく「エネルギー基本計画」として策定されてきた。自民党政権時代の平成18年には石油価格の高騰を背景に石油依存度を下げ、原子力を含む自給エネルギーの比率を高めることを第一目標とした。2030年の数値目標は、石油依存度を40%以下とし、原子力発電比率を30~40%とするというものだった。
これを改定したのが菅内閣の平成22年、前年に鳩山総理が世界に宣言した(何の具体策もなく表明した)温暖化ガス25%削減を実現するため、2030年までに原子力発電比率を50%に高めることを定め、2020年までに9基の原発を新設するとしていた。

それが一転、「2030年代にゼロにする」である。実現可能性も見えないままに…。

確かに福島第一原発の災禍は大いに反省しなくてはならない。ただ、同じく被災地にあった福島第二と女川の原発はしっかり安全に停止したのだ。まず、その差を比較検証しなくてはならない。なおかつ、福島第一も安全に止める方法があったのではないか? それも確認しなくてはならない。その上で新たな安全基準を定めて、必要な技術開発を進めながら継続使用していくという選択肢もあるはずだ。これらの検証と努力なしに、「国民の多くが望んでいる」から「原発ゼロを宣言する」というのは、政府与党としてあまりにも拙速かつ無責任な決定ではないか。

将来に向けて再生可能エネルギーの比率を高めることは否定しない、しかし現状では安定性に欠け、高コストに過ぎる。太陽光は晴れた昼間しか動作しないし、風力も毎日同じ風が吹くとは限らない。現行の想定稼働率では前者は12%、後者でも20%でしかないのだ。メガワットソーラーといっても、平均すれば1000kwの12%=120kwの発電量しか期待できない。(火力や原発なら1基で100万kw級だ。)価格の方はご承知の通り、太陽光の買い取り価格は42円/kw、風力は23円/kwであり、LNG火力や原子力の発電原価の数倍となっている。この買い取り制度を急速に拡大すれば、自ずと電気料金は上昇せざるを得ない。

LNGなどの化石燃料の比率を高めるのはどうだろうか。今回の原発全停止状況をカバーしているのは化石燃料だ。そして、そのほぼ全量を海外に依存している。その結果、2012年上半期の貿易収支が約3兆円という過去最大の赤字幅を記録した。この状況を継続することは日本経済の体力的に可能だろうが? その上、昨今の中東情勢を考えるといつホルムズ海峡のタンカー航行が止まらないとも限らない。だからこそ、野田総理は大飯原発再稼働を決断したのではなかったのか?

世界に目を向けても、エネルギー需要は人口増加と経済成長により急増している。特にアジア、アフリカの伸びは著しい。中国や韓国は言うに及ばず、ベトナム、UAE、ケニア等々多くの国が原子力を求めている。先日のAPECの首脳宣言に、原子力の安全利用が盛り込まれたのはその証だ。禁止ではない、逼迫するエネルギー需給に対応するため安全に使っていこうということだ。

そして、我が国はそれを成し遂げる技術力、産業力を有している。
原発ゼロ宣言をするよりも、むしろ日本の原子力技術を生かし、世界のエネルギー供給の拡大と安全性向上に尽くすのが、福島の災禍を体験した我が国の責任ではないのか。

仮に将来、原発を放棄するとしても、米仏に次ぐ第三の原発保有国として、その技術を国際的に継承していく責任もある。

自民党は「原発の要否について今すぐ判断すべきではない」としている。これは積極的な判断の先送りである。仮に原発を削減するのならば、再生可能エネルギーや化石エネルギーの供給安定性やコストの変動、こういった不確実要素をしっかりと見極める必要がある。不確実要素を残したままのエネルギー戦略は、根拠無きスローガン政策でしかない。