科学技術の力

2か月ほど前になるが、島津製作所の田中さんが今回の原発事故を顧みて、「科学技術に携わる者として、もっと貢献できることがあったのではないかと悔やむ思いの一方で、科学技術にはまだやるべきことがたくさんあると痛感した。…日本の科学技術はダメだと落ち込むよりも、新たな課題を与えられたと思い、再出発の起点とすべきだ。」と述べておられた。

さすがはノーベル賞受賞者の言葉だ。だからこそ科学は進歩できる。
事故は事故としてしっかりと受け止め、原因を分析しなくてはならない。だが、事故にひるんで全面撤退してしまえば、これまでの努力は無に帰する。

今、日本全国が原子力エネルギーに否定的な見解に傾いてしまっている。しかし、原子核が生み出す高効率エネルギーを放棄してしまって良いのだろうか?
すべての命の源である太陽の光を生み出しているのは、水素原子が合体してヘリウム原子となる核融合反応だ。
地球上でこの核融合炉を安全に実現できれば(※1)、我々は半永久的なエネルギー源を手にすることになる。
その実現を目指し、米国、EU、中国など7か国の国際共同研究が進んでいる。もちろん日本もその一員だ。夢の実現を目指して、研究を前に進めたいものだ。

古い話になるが、放射能(Radioactivity)の名付けの親で、2度もノーベル賞を受賞したキュリー夫人。彼女が、ラジウムから発せられる青白い光に期待したのは腫瘍治療への有効性だ。
ラジウム発見後も放射性物質の研究を続け、レントゲン撮影機の改良や放射線治療の研究に貢献した彼女は、やがて長期間の被ばくによって白血病に倒れる。(残念ながら当時、放射線被ばくの危険性は認識されていなかった。)しかし、その研究成果は、CTスキャンやガンの放射線治療に繋がっている。

使い方を誤れば、一瞬にして数多の命を奪う放射線も、リスクをしっかり認識し、被爆線量を制御して使いこなせば、人類に多大な恩恵を与える平和の技術となる。

光と言えば、この春、播磨科学公園都市に完成したX線自由電子レーザー施設「SACLA(サクラ)」が、6月7日に波長1.2Å(オングストローム※2)という世界最高レベルの“上質で強力な光”を発振することに成功した。
この装置を使えば、原子レベルの一瞬の動きをとらえ、創薬の基礎となるタンパク質の構造解析やナノテクノロジーの発展に貢献できる。先日取り上げた「京速コンピュータ」と並ぶ、日本が誇る国家基幹技術の一つだ。

双方とも、計画段階から深く関わった愛着あるプロジェクトだが、ともに民主党政権の「事業仕分け」で、一つ間違えば計画に大きな影響がでた可能性もあった。とにかく、無事に初期の性能を達成できたことを心強く思う。

政治家が政策選択を誤れば、未来を拓く科学技術の可能性をつみ取ってしまうことも多々考えられる。
それは科学技術創造立国を目指す日本にとって、致命的な損失に繋がりかねない。
場当たり的な人気取りのパフォーマンスが政治だと思っているような方々には、国政を任せるわけにはいかないと、改めて思う。

※1 残念ながら、兵器としては水素爆弾が既に存在する。
※2 オングストローム:長さの単位、100億分の1メートル。原子の大きさは約1Å。