党首会談決裂!

民主・自民両党の党首選後、秋休み状態になっていた国会だが、先週になってようやく自・公・民の3党党首会談が行なわれた。
しかし、輿石幹事長の「野田総理から、何らか具体的な提案がある」との予告にもかかわらず、残念ながら総理から何ら新しい提案はなく、解散時期を巡る双方の主張はすれ違いのまま、会議は決裂した。なりふり構わず、解散総選挙の引き延ばし作戦に入ったと思われる民主党の対応をみていると、今後も建設的な提案がでてくるとはとても考えられない。

民主党側の対応は全く不誠実なものである。しかし、このまま不毛の口げんかを続けていても膠着した局面は打開できない。国民の政治不信はますます高まり、世界各国からは日本政治の混乱を嘲笑されることになるだろう。
ここは我慢のしどころ。自民党としては、月末にも召集される臨時国会において、審議拒否戦法を放棄し、しっかりとした政策議論を通じて国民に政府与党の不誠実さと無責任さをアピールする方針に切り換えるべきだと私は考える。

まずは、特例公債法案と衆議院選挙の一票の格差是正、そして一体改革関連法案で定めた社会保障制度改革国民会議の設置への対応である。

そもそも特例公債法案は予算案と一体で審議すべきものであり、特例法案が成立していないから予算執行ができないというのは本末転倒だ。両者を切り離して、通しやすい予算案のみを強行採決するからこういう事態を招いている。少々細かい実務論を言えば、この法案が無くとも財務省が短期証券を発行(1年以内の借入)して凌ぐことが可能だと思う。
だが、知恵も工夫もない民主党は、この法案なくしては予算が枯渇すると言い張り、既に国民生活に関わる予算の執行を保留すると言う、国民生活無視の無責任な対応をし始めている。であれば、我々もこの法案を「人質」にするような戦法をとっても効果が薄い。

ただ、予算案に反対した野党が無条件で原案に賛成することは難しい。「24年度予算には無駄があり削減すべきである。無駄な予算を執行するための借金の片棒は担げない」というのが我が党の主張である。3月初めには組み換え動議も提出している。
政府はそれらの点にについて見解を明らかにし、合意形式を図る努力をすべきである。

衆議院選挙の一票の格差問題も、昨日今日出てきた問題ではない。最高裁による違憲判決が下されたのは2011年3月のことである。それから1年半余り、改正案を議論する時間は十分にあったはずだ。自民党は昨秋「小選挙区0増5減」案を提示したが与党は議論に応じず、6月になって突如「0増5減」に「小選挙区比例代表連用制」とう難解な仕組みを加えた法案を国会に提出し、しかも8月に衆議院で強行採決を行った。

制度の根本を見直すような選挙制度改革には相応の時間を要する。それは年単位の時間をかけて計画的に議論するとして、今はまず違憲状態を解消するための「0増5減」を優先すべきだ。

社会保障制度改革国民会議には、議論の期限が来年の8月21日までと法定されている。
充分な時間を確保する為にも早急に会議を設置し、議論をスタートさせるべきだ。
この会議こそが三党合意の成果と言うべき、政策決定の新たな仕組みのひな形である。
来るべき総選挙や来年の参議院通常選挙の結果如何に関わらず、誰が与党になっても野党になっても、政争の具とせず継続して建設的な議論が行われる必要がある。
政権交代により与野党の立場が逆転し、共通の理解の土俵ができた今こそ、新しいルールを定めるチャンスだ。今後社会保障のみならず、外交や安全保障についても国民会議を設置すべきではないだろうか。

この3つの条件が整えば解散を先送りする理由はなくなる。それでも解散を実行しなければ「野田総理は大嘘つき」であることが天下に示される。

デフレ脱却をめざす景気対策、近隣諸国との円滑な外交の回復、逼迫するエネルギー問題への対処等々、日本の行く手には課題が山積している。だが、三年余の政治運営を見る限り現在の民主党政権には、これらの課題への対応能力があるように思えない。一日も早く解散総選挙で国民の手によって政権をリセットする事が求められている。

希望の光

「秋の陽は釣瓶落とし」。一カ月前までは7時近くまで可能だった街頭広報活動も、今は6時前には終えなければならない。
9日(体育の日)も夕暮れとともに辻立ちを終え、自宅でくつろいでいたところ、TVに“今年のノーベル生理学・医学賞に山中伸弥京都大学教授の受賞決定”のテロップが流れた。
その後の一週間の報道合戦で、「山中教授」と「iPS細胞」の名は、再び全国民の知るところとなった。

筋肉や皮膚など人体を形作る60兆余りの細胞の源は、たった1個の受精卵だ。受精直後はあらゆる細胞になる「万能性」をもつが、これが分裂、増殖し特定の役割を持つようになると元の状態に戻ることはない=老化はすれども受精卵状態に若返りはしないと考えられていた。これに異説を唱えたのは今回共同受賞したイギリスのガードン博士で、1960年代に体細胞の核を卵細胞に移植する方法でクローンの作製に成功した。そして、卵細胞を使用せずに細胞を「多能性を持つ状態に初期化」する技術を開発したのが山中教授である。
これまで「万能細胞」の主役であった胚性幹細胞(ES細胞)は、受精卵を壊して作るため、命の尊厳をおろそかにするのではないかという問題点がある。iPS細胞を使えば、こうした倫理的な問題を回避できる。

山中教授は2006年、マウスの尻尾から採った体細胞に初期化のカギとなる4つの遺伝子を入れることで、iPS細胞を作製した。2007年にはヒトの皮膚の細胞でも成功した。
その報告のため文部科学大臣であった私のところへ来られたのが、同年12月初旬のこと。「この研究が成功した理由は何だったと考えておられますか?」と尋ねたところ、「運が良かったんです」と即座に答えが返ってきた。
「名誉欲のない人だなぁ」というのが第一印象。通常は「できるだけ支援します」と答えるのが一般的だが、その謙虚な人柄に感銘した私は、「全面的な支援を約束致します」とその場で反射的に応じ、年末には文部科学省として5年間で100億円超の研究費を投入する方針を表明した。

iPS細胞の応用範囲は幅広い。なかでも自分の体細胞で損傷した部位を修復する再生医療は、従来の手法では治療が困難な難病に苦しむ方々にとって、夢の治療方法だ。山中教授のもとには難病患者や家族から激励と相談が絶えないという。
私の主催する新世紀政経フォーラムで、再生医療の第一人者である西川伸一先生(理化学研究所)に講演いただいた際、脊髄を損傷し車椅子生活を余儀なくされている方から、「今日のお話を聞いて、いつかまた歩ける日が来ると、諦めずにこれからも希望をもって生きていけます」と感謝されたことを、鮮明に覚えている。

再生医療は未だに現在進行形の発明だ。実用化までには、まだまだ課題も多い。
山中教授も「一日も早く本当の意味の社会貢献と言うか医学応用を実現させたい、させなければならない。そういう気持ちでいっぱいであります」と語り、そして「一日も早く研究の現場に戻りたい」と力説されている。
ストックホルムでの授賞式が終わる12月頃までは、しばらく多忙な日々が続くとは思うが、少しでも早くインタビューや祝賀会の嵐から解放してあげたいものだ。
日本のみならず世界中の難病患者が、一日も早い再生医療の確立を待っているから…。
iPS細胞は、多くの人々の「希望の光」なのだ!

ポートアイランドで進められている神戸医療産業都市構想の中核施設の一つ、「発生・再生科学総合センター」(理化学研究所の機関)では、来年から網膜再生の臨床研究がスタートする。脊髄損傷治療も5年以内に最初の患者に投与できるところまでもっていきたいとのことだ。
こういった取り組みを加速するために、長期持続的な研究開発費の供給と臨床研究分野の一層の規制緩和、さらには知的財産権の国際ルールの確立を怠ってはならない。
この分野で日本が国際競争に勝ち抜くためにも、第二第三の山中教授を生むためにも。

後の祭り

秋の訪れとともに、今年もまた播州路に祭りの季節が帰ってきた。
我が曽根天満宮の秋季例大祭は、10月13、14日。自宅の界隈は数週間前から、太鼓や囃子あわせの音で充ち満ちている。町内の通りのそこかしこに、提灯と紙垂(しで)飾りがつけられ、否が応でも祭り気分は盛り上がる。

曽根天満宮の由緒は、延喜元年(901年)、菅原道真公が冤罪で九州大宰府に流される途中に、伊保の港から曽根の地を訪れ、日笠山の山上で「我に罪無くば栄えよ」と祈って小松を植えられたことによる。今から千百年前のことである。

お社の祭事は室町時代初期から始められたと言われるが、今のように締込み姿の若い衆が絢爛たる屋台を練り歩くようになったのは江戸時代、天保年間(1830~1843年)の頃からのようだ。播州地方のどこの社も同じような歴史を持っているだろう。我らが故郷の秋祭りは、ざっと200年間、毎年毎年、連綿と練り続けられてきたのである。

一方の我が国の政(まつりごと)の状況はどうか? 自民、民主のダブル党首選も終わり、それぞれ新執行部が誕生し、政府は第3次野田改造内閣が発足した。体制が整い「いざ、総選挙か」、「臨時国会の論戦開始か」と思いきや、永田町は未だに閉店状態が続いている。

臨時国会の召集どころか、未だに与党から党首会談の呼びかけさえ行われていない。原発の是非をめぐるエネルギー政策も、領土を巡り紛糾するアジア外交も、消費税引き上げのためにも必要なデフレ対策も、いずれも中途半端で方針も定かでないまま放置されている。

その上許し難いことに、重要閣僚の一人は「法案審議の目処がたたないなら、国会を開く意味がない」と言い放ち、民主党内からは「臨時国会を開けば解散に追い込まれるから、開かない方が良い」との不謹慎な声が聞こえて来る。与党民主党の立ち居振る舞いには、国民そっちのけの「保身」しかないように思える。

野田総理や民主党幹部が、“国民生活に重大な影響が及ぶ”と言っていた赤字国債発行による「特例公債法案」の成立を先送りしてでも、 “近いうち解散”を避けたいと考えているのなら、政権与党として無責任極まりない話だ!

総選挙を前にして、新たな政策集の取りまとめもままならず、離党者が後を絶たない民主党の姿は、選挙のために集合した烏合の衆であることの証明だ。
わが自民党は、もう重要法案を人質とした審議拒否や、大臣の不始末を指摘した問責といった姑息な手法を用いる必要はない。

淡々と必要な減額補正を伴う「特例公債法案」の採択や、一票の格差を是正する「衆議院の選挙制度改革」、「社会保障制度改革国民会議」の設置などの諸懸案事項を審議処理した後に、堂々と重要政策の論戦を仕掛ければよい。PKO五原則のあり方といった安全保障政策、TPP参加を巡る通商政策、原発再稼働の是非を含むエネルギー政策、何をネタにしても政府民主党は内部対立を来たし、自壊するだろう。

避けるべきは、決められない日本の政治が続き、いたずらに国力を損なうことだ。今、政治家が政(まつりごと)を私し、政治に対する国民の不信感や政治離れがこれ以上進めば、日本の将来に進歩と繁栄の絵図は描けない。

さて、次の週末はいよいよ曽根の祭りの本番。5年ぶりの土日開催となり、当然、例年以上の賑わい、盛り上がりを見せるに違いない。
願わくはこの祭りの季節が終わるまでに、正常な国会運営をスタートさせて欲しいものだ。政治不信回復の手だてが「後の祭り」にならないように…。

国民政党、途半ば?

激戦となった自民党総裁選は、安倍晋三元首相が決選投票で石破茂前政調会長を破り、第25代総裁に選出された。総裁経験者の再登板は初めて。決選投票での逆転は石橋湛山氏が岸信介氏を破った1956年以来56年ぶりとなる。

26日の投開票日、私は、党本部8階のホールで新総裁誕生の瞬間を見守っていた。(とは言うものの、今の私は党員としての一票しか行使できないのだが…。)
開票前から、5人の候補の中では石破氏が一位になるだろうが、議員票のみの決選投票となれば2位の候補が勝つのではないかと言われていた。

それでも、1回目の投票結果発表で、石破氏の党員獲得票が165票(党員票の55%)と読み上げられた時、一瞬、会場がざわついた。
石破氏の地方の党員獲得票が事前の予想より多かったのだ。2位の安倍氏は87票だからダブルスコアでダントツの第一位である。しかし、党員票と議員票を合わせた第1回目の投票では、どの候補も過半数を制することはできなかった。

石破氏は全国各地で150回を超える遊説を重ね、また、TVの討論番組での分かりやすい論説から、地方の党員の人気は高まっている。しかし、派閥に属さない、と言うより派閥解消を唱えているため当然ながら議員票は少ない。
ただ、民意の反映とも言える党員の意向は、各議員も無視できない。2001年総裁選で党員票の圧倒的多数を獲得した小泉氏に議員票がなだれ込んだように、石破氏が党員の6割以上を押さえれば、決選投票で議員の多くが石破氏支持に回るとも言われていた。

石破氏が今回獲得した党員票165票は、決選投票に臨む議員心理にどう影響を与えるか否か? 結果的には微妙な得票数だったと思えた。
思わず私は隣にいた同僚に「この得票だと、ひょっとすると石破が勝つかも知れないね?」と言った。「党員票のこの結果を2回目の議員のみの投票で覆したら、又、永田町の論理と言われるな」とも。彼は黙って頷いていたが…。

決選投票の結果は「安倍晋三君108票、石破茂君89票」。地方の党員と永田町の国会議員の選択はねじれることとなった。
ルールに則り行った選挙なのだから、秋田県連のように結果に抗議するのはいかがなものかと思うが、圧倒的な地方の票数差が2回目の投票で無視されることには確かに違和感を覚える。次回の総裁選挙までに、何らかの形で制度改正を行うべきだと思う。
「永田町の論理でなく国民政党として地方の意見を大切にする…。」3年前に政権を失った時、その原因を総括し反省をした筈なのに。まだまだ教訓が生かされてるとは言えない…。

ともかく、来るべき総選挙に向けて自民党の新体制が整った。安倍新総裁は、野党党首としてのスタートになるが、野党の地位にある今だからこそ、やっておかなければならないことがある。

それは「責任野党」像の確立だ。東日本大震災直後の復興支援策の提案や、我が党が主導した社会保障と税の一体改革に係る三党合意などは、その一つの姿である。しかし、ともすればこの3年間、理不尽な審議拒否、不信任や問責を繰り返す、古い野党的な対決手法も見られてきた。

我が党が野にあっても為すべきことは、常に国民のために政策を議論することである。
そのために、まずは三党合意をしっかりと実現するとともに、一票の格差の是正、特例公債法案などは一刻も早く採決し、そして、山積する課題に対処する政策をどんどん提案していくことだ。「反対のための反対を繰り返し、国会の責務を放棄するのが野党ではない」ということを、次期野党である民主党に示すためにも「責任政党」を目指すべきだ。

この3年間、何故自民党の支持率が上がらなかったのか? もう一度3年前に戻って、自民党をゼロから改革していく必要がある。
「自民党が変わらなければ、日本の未来はない!」と街頭で訴えていた石破幹事長には、
その先頭に立って頑張ってほしいものだ。

ダブル党首選

通常国会閉会とともに始まった民主、自民のダブル党首選。一足先に終わった民主党は、野田総理が圧勝し、自民党も今週26日には新総裁が決まる。双方の選挙とも、TVで多くの討論会が放映され、街頭での演説も実施されたが、国民の注目度も討論の質も自民党の圧勝と言っても良いのではないか。

特に、民主党の候補者間の討論には強い違和感を覚えざるを得なかった。これまでから度々指摘していることだが、「社会保障と税の一体改革」や「エネルギー戦略」、「TPP対応」など、重要政策の大方針について各候補の意見が全く異なるのだ。

政策の優先順位や細々とした施策内容に主張の差異があるのはともかくとして、同じ政党に集うからには、社会保障、税制、外交、通商といった基本政策について対立するのはいかがなものか? ましてや、既に政府が方針を決定し、進行しつつある施策(原子力規制委員会の委員長人事など)についても異論を唱え、方針変更を求めるのは、与党の一員としての自覚に欠けるものだ。
いつもの民主党内の烏合の討論が、党首選でも露呈しているとしか言いようがない。

違和感を覚えたのは、私だけではない。
ある番組では司会役のニュースキャスターが「皆さんの議論を聞いているとすごく隔たりがあるような気がしていて、一つの政党といえるでしょうか?」と問いかけ、最後には「4人の候補者からは様々な意見が出ました。この多様性を民主党の強みとみるのか、それとも弱みとみるのか…。ただ明日の代表選が終わったら、その代表を中心にしてエネルギーならエネルギー、社会保障なら社会保障、一つの政党一つの政策をかかげて欲しいと思います」と討論を締めくくった。

街頭演説では、激しいヤジにさらされた野田総理がいささか興奮気味に「財政がこれほどひどい状況になったのは一体誰の政権だったのでしょうか。自公政権からではありませんか」「領土、領海をいい加減に無作為にきた政権は一体誰だったんですか」「今頃になって景気のいいことを言っている。大間違いです!」と声を張りあげる場面があった。

たしかに過去の政権に責任がないとは言えない。しかし、たとえそうであったとしても、総理が街頭演説で用いるセリフとしては、いささか品性を欠いている。
山積するばかりの課題に、先行きの見通しが立たないことへの苛立ちなのか…、それとも25年間船橋市の駅頭に立ち続けて、非自民、政権交代のみをスローガンに、政府批判を続けていた時のDNAが顔を出したのかも知れない。もし、国会の場でも同様の主張をされるなら、もはや総理たる資質に欠けていると言わなければならない。過去の政権に責任を転嫁するくらいなら、総理になどならなければいいのだ。

一方の我が自民党総裁選。手前味噌ではあるが、基本政策の大筋は一致したうえで、5人の論戦により各論が掘り下げられている。憲法改正をはじめ戦後体制改革をめざす安倍氏、卓越した安全保障政策論を展開する石破氏、通産省出身で税制や外交にも明るい町村氏、ふるさとの活性化を唱える石原氏、日本経済の再生を最重要視する林氏、それぞれが得意分野を軸に安定した主張を展開している。

月が変わり10月になれば臨時国会が召集され、積み残されている多くの重要法案や補正予算案の審議が始まる(と信じたい)。
その際に、再選された野田総理、3選された公明党山口代表、そして自民党新総裁の間で、三党合意は遵守されるのだろうか? 与野党不毛の批判合戦を乗り越え、「決められる政治体制」を構築するために三党合意がなされたはずだ。最早、なりふり構わず過去の敵のミスを責めてポイントを稼ぐ時代ではなく、将来に向かって各党が生産的な議論を行い、合意形成を行うのが、政治のあるべき姿だ。ここで合意を反故にすることは許されない。

そのためにも、まずば民主党内のガバナンスをしっかりと再生してもらいたい。統一見解のない政党とは政策協議などできないから…。だが、そのために民主党幹事長の続投が適切なのか? 他党のこととは言え、通常国会末期の国会混乱を見るといささか不安が残る人事ではある。

原発ゼロ

先週末、政府は「2030年代に原発稼働ゼロ」を目標に掲げた「革新的エネルギー環境戦略」を決定した。大飯原発の再稼働をはじめ、現実的で責任ある政策決定を行ってきた野田総理とは思えぬ大衆迎合的なスローガンだ。

新戦略では第一の柱で「原発に依存しない社会の一日も早い実現」を基本方針としている。
しかし、エネルギー戦略の議論は、原発の要否から入るべきではない。
産業構造に応じた「安定供給の確保」、地球温暖化をはじめとした「環境問題への適合」、市場原理の活用による「コストの低減」、等々を検討のうえ、実現可能な最適ミックスを引き出す。これはエネルギー政策基本法で定められたルールだ。その結果として原発が不要であればその比率を縮減してゆけばよい。

我が国はエネルギー自給率わずか4%の資源小国である。しかも島国故に大陸諸国のようにパイプラインや電線で簡単にエネルギーの取引を行うこともできない。過去数回のオイルショックではこの弱点を突かれた形で、産業活動や国民生活が大きな打撃を被った。故にエネルギー戦略は慎重に、安定供給を第一に考えなくてはならないのだ。

これまでの戦略は、エネルギー政策基本法に基づく「エネルギー基本計画」として策定されてきた。自民党政権時代の平成18年には石油価格の高騰を背景に石油依存度を下げ、原子力を含む自給エネルギーの比率を高めることを第一目標とした。2030年の数値目標は、石油依存度を40%以下とし、原子力発電比率を30~40%とするというものだった。
これを改定したのが菅内閣の平成22年、前年に鳩山総理が世界に宣言した(何の具体策もなく表明した)温暖化ガス25%削減を実現するため、2030年までに原子力発電比率を50%に高めることを定め、2020年までに9基の原発を新設するとしていた。

それが一転、「2030年代にゼロにする」である。実現可能性も見えないままに…。

確かに福島第一原発の災禍は大いに反省しなくてはならない。ただ、同じく被災地にあった福島第二と女川の原発はしっかり安全に停止したのだ。まず、その差を比較検証しなくてはならない。なおかつ、福島第一も安全に止める方法があったのではないか? それも確認しなくてはならない。その上で新たな安全基準を定めて、必要な技術開発を進めながら継続使用していくという選択肢もあるはずだ。これらの検証と努力なしに、「国民の多くが望んでいる」から「原発ゼロを宣言する」というのは、政府与党としてあまりにも拙速かつ無責任な決定ではないか。

将来に向けて再生可能エネルギーの比率を高めることは否定しない、しかし現状では安定性に欠け、高コストに過ぎる。太陽光は晴れた昼間しか動作しないし、風力も毎日同じ風が吹くとは限らない。現行の想定稼働率では前者は12%、後者でも20%でしかないのだ。メガワットソーラーといっても、平均すれば1000kwの12%=120kwの発電量しか期待できない。(火力や原発なら1基で100万kw級だ。)価格の方はご承知の通り、太陽光の買い取り価格は42円/kw、風力は23円/kwであり、LNG火力や原子力の発電原価の数倍となっている。この買い取り制度を急速に拡大すれば、自ずと電気料金は上昇せざるを得ない。

LNGなどの化石燃料の比率を高めるのはどうだろうか。今回の原発全停止状況をカバーしているのは化石燃料だ。そして、そのほぼ全量を海外に依存している。その結果、2012年上半期の貿易収支が約3兆円という過去最大の赤字幅を記録した。この状況を継続することは日本経済の体力的に可能だろうが? その上、昨今の中東情勢を考えるといつホルムズ海峡のタンカー航行が止まらないとも限らない。だからこそ、野田総理は大飯原発再稼働を決断したのではなかったのか?

世界に目を向けても、エネルギー需要は人口増加と経済成長により急増している。特にアジア、アフリカの伸びは著しい。中国や韓国は言うに及ばず、ベトナム、UAE、ケニア等々多くの国が原子力を求めている。先日のAPECの首脳宣言に、原子力の安全利用が盛り込まれたのはその証だ。禁止ではない、逼迫するエネルギー需給に対応するため安全に使っていこうということだ。

そして、我が国はそれを成し遂げる技術力、産業力を有している。
原発ゼロ宣言をするよりも、むしろ日本の原子力技術を生かし、世界のエネルギー供給の拡大と安全性向上に尽くすのが、福島の災禍を体験した我が国の責任ではないのか。

仮に将来、原発を放棄するとしても、米仏に次ぐ第三の原発保有国として、その技術を国際的に継承していく責任もある。

自民党は「原発の要否について今すぐ判断すべきではない」としている。これは積極的な判断の先送りである。仮に原発を削減するのならば、再生可能エネルギーや化石エネルギーの供給安定性やコストの変動、こういった不確実要素をしっかりと見極める必要がある。不確実要素を残したままのエネルギー戦略は、根拠無きスローガン政策でしかない。

APECの一員

野田総理最後の外交舞台となるのだろうか?先週末から極東ロシアのウラジオストックでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開催された。

今回の会議で合意された首脳宣言は6本柱。各国の貿易制限措置を控えることを確認した「保護主義の抑止」、APECの経済を一つにする「アジア太平洋自由貿易圏の検討」、太陽光パネルなどの貿易を拡大する「環境物品の関税引き下げ」、シェールガスの開発やLNG基地の整備による「天然ガスの利用促進」、旺盛なエネルギー需要に対応する「原子力の安全利用の支持」、食料の生産性向上と輸出制限による高騰防止をねらう「食料安全保障の強化」である。
自由貿易の推進による圏域全体の経済成長をめざす姿勢を強く打ち出した格好だ。

プーチン大統領が基調演説で語ったように、アジア太平洋地域21か国の経済力は世界のGDPの過半を有する。しかも全体として若く、急速に成長しつつある。この経済圏に位置している我が国は、もう一つの成熟国家群であるEUと比べて恵まれているのだ。

人口が減少し、高齢化していく成熟国家が、持続的な経済成長を遂げるためには、アジア太平洋の活力を取り込み、市場の拡大と生産性の向上を図る必要がある。そのためには、貿易や投資の自由化、そして知的所有権をはじめとする国際経済ルールの統一が不可欠だ。
このため、世界各国は自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の締結に躍起となっているが、なかでも最も高いレベルの自由化と連携をめざすのが、環太平洋経済連携協定(TPP)である。

思えば一昨年の横浜APECを前に当時の菅総理がTPP参加を急遽提案し、民主党内から反発を受けて取り下げた。そして昨年は野田総理がハワイでの会議で、「TPP参加に向けて協議に入る」旨を表明した。しかし、民主党政府の議論は2年間全く進まず、放置されたままである。ようやく先週末になって民主党のTPPプロジェクトチームが、「関税撤廃は認められない」などと指摘し、交渉参加について「慎重に判断することを求める」とする従来どおりの消極的な報告書をまとめた。
この間、先送りを続ける日本を追い越すかたちで、カナダとメキシコが参加を表明した。米国の新大統領選びが終われば、広域経済圏の新ルール作りの交渉が一気に進むだろう。歩みが(とてつもなく)遅い日本抜きで…。

APEC最大の消費力を有する米国がTPPを軸に経済連携を進めるという政策をとっている以上、我が国がこの協定に不参加という選択肢はありえない。参加しなくても、そのルールを使用せざるを得なくなるのだから。日中や日中韓で独自のFTAを進めようにも、米国と日本の協定(TPP)=米国の力が無くては、中国の経済力に対抗できないだろう。
その意味でも、国家全体の利益を尊重すれば、TPP交渉への参加は不可避であると私は考える。

領土問題で課題を有する日ロ、日中、日韓関係だが、そもそも領土紛争が生じる大きな要因は、そこに存する資源の利用権という経済的な問題だ。係争地域を含み完全に一体となった共同経済圏を築いてしまえば、双方の国民が共有できる財産としてしまえば、水産資源もエネルギー資源も共同利用が可能となり、もはや大きな問題にはならないのではないだろうか。
永らく停滞する北方領土問題でも、双方の国民が自由に出入りし、水産資源、エネルギー資源を共有できるなら、解決策は見いだせるように思える。サハリンやシベリアの天然ガスを利用し、我が国のエネルギー安全保障を強化するためにも、ロシアとは大人の関係を築きたいものだ。

野田総理はプーチン大統領との間で、12月のロシア訪問を約束した。これは間もなく行われるであろう総選挙によって、政権のバトンが移ろうとも、必ず実現しなくてはならない。
外交とはそういうものだ。中長期の我が国の舵取りは、一般的な国内施策の調整と同様に扱ってはならない。ましてや総理の思いつきで操舵することは許されない。消費増税を実現した三党合意の枠組みは、一過性のものではなく今後の社会保障制度の議論に引き継がれる。同様に、外交通商、安全保障等を定めるに際しても、恒久的な枠組みとして維持、活用したいものである。

オスプレイ

海岸部に生息するタカの一種“ミサゴ”。魚を見つけると空中に静止(ホバリング)した後に、急降下して獲物を捕らえる。別名“魚鷹”とも呼ばれるこの鳥の英語名は“Osprey”、米国海兵隊と空軍が採用する輸送機V-22の愛称でもある。

V-22はオスプレイの名に恥じない性能を有する機体だ。ヘリコプターと同じく垂直に飛び立ち、固定翼機として高速で遠距離を飛翔し、ホバリングも急降下もできる。現在、在日米海兵隊が装備している大型ヘリCH-46シーナイトとは比較にならない能力差だ(CH-46は50年前の設計だから当然だが…)。沖縄本島から尖閣諸島ならわずか1時間で防衛隊を送り込むことができるし、空中給油を行えば朝鮮半島までも飛べる。

仮に3年前の政権交代がなければ、何の問題もなく配備が進み、オスプレイの名もこんなに有名になることはなかっただろう。導入反対派は「事故が多い危険な機体」と言うが、パイロットの命を危険にさらすような機体を米軍が採用するだろうか? 現に事故率自体も垂直離着陸戦闘爆撃機AV-8ハリアーに比べると3分の1に過ぎない。(10万時間あたり事故率1.93対6.76) 離島防衛を考えると我が自衛隊でも導入を検討すべきと思える輸送機である。

問題はオスプレイの性能ではなく、街中に存在する普天間基地にある。仮に事故を心配するなら、万が一の場合も市街地への墜落を避けられる海上空港を整備するキャンプ・シュワブへの基地移転を急ぐべきだろう。その努力を放置して、事を進めようとするから問題がこじれてしまう。元をたどれば「少なくとも県外」という思いつき発言により、普天間返還を台無しにした鳩山元総理の責任は極めて重い…

もう一つの問題とされているのは訓練飛行。こちらはオスプレイに限った話ではないが、人家に危害を及ぼすような危険な訓練飛行を歓迎するはずがない。訓練飛行ルートは集落を避け、また、必ず事前に公表してもらいたい。

そもそも在日米軍は、何のために日本に駐在しているか? その目的を忘れ、ただ米軍基地を危険視、迷惑施設視することは無責任だ。我が国から見れば60数年前の占領軍も今や国土を守ってくれる傭兵的な側面を帯びている。さらに言えば沖縄の海兵隊は、日本防衛はもちろん、韓国からフィリピンまで東アジアの国々の平和維持のために存在しているのだ。

マキャベリは君主論で言っている。「自らの安全を自らの力で守る意思の無い場合、いかなる国家といえどもその独立と平和は期待できない」と。
米軍基地の存在を否定的に唱えるとき、それに代わる自国軍を配備するという発想であればそれも一理ある。(自衛隊がその能力を有するか否かはともかく) 逆に基地は危険だから要らないというだけなら、国家の最重要機能である安全保障政策を考えない平和ボケの無責任な主張だ。

7月に発表された防衛白書にも記されているとおり、巨大な隣国の軍事費は年々二桁の伸びを続けている。装備は近代化し、海軍の充実により沖縄列島を越えて太平洋進出の姿勢も見られる。尖閣諸島だけではない、中国は南シナ海の南沙諸島でも周辺諸国と理不尽な領有権紛争を起こしている。

東アジア全体の安全保障を考える上でも、こういった動きは無視できない。外交を優位に進めるためにも力は必要だ。それが国際社会の現実である。まずは米軍をはじめとする同盟国とともに、備えを固めなくてはならない。

メダリストたち

もう一週間前になるが、ロンドンから金銀銅のメダルを胸に凱旋した70余人のメダリストを讃えるパレードが銀座で行われ、沿道を埋め尽くした50万人の歓喜が日本代表選手団を迎えた。
17日間にわたり、日本人を睡眠不足に陥れ、そして、勇気と感動を届けてくれたロンドンオリンピック。日本は金7・銀14・銅17の計38個のメダルを獲得し、総メダル数は史上最多となり世界ランキングでも第6位と健闘した。日の丸を背負い、全力を尽くして戦った勇者たちに、心からの拍手を送りたい。

メダルラッシュをもたらしたのは、もちろん各選手の才能と努力の賜だが、その背景には、永年にわたる国のナショナル競技力向上プロジェクトの歴史がある。
今回のチーム「ニッポン」強化策の軸となったのは平成20年から始まったマルチサポート事業だ。これは、オリンピックでメダル獲得が期待されるトップレベルの競技者に対して、トレーニング方法はもちろん、競技用具やウェアの開発、スポーツ心理や栄養学、さらにはコミュニケーション技術まで、多方面からの専門的かつ高度な支援を戦略的、包括的に行うもの。19競技(夏17、冬2)が対象で、今回メダルを獲得した13競技のうち、重量挙げとボクシングを除く11競技が対象となっている。ロンドンでも選手村のすぐそばに、マルチサポート・ハウスを設置し、選手団をバックアップした。

そして、全国から選ばれた強化選手を徹底的に鍛える拠点が、NTC(ナショナルトレーニングセンター)とJISS(国立スポーツ科学センター)だ。NTCは、屋根付きの全天侯型陸上トラックや、柔道、体操などの専門練習場、選手やスタッフの宿泊施設などを備えた総合トレーニング施設である。隣接するJISSは、スポーツ科学、医学、情報など各分野のスポーツ研究のもと、最新のトレーニング手法や器具機材の開発、アスリートの心身の状態のチェックを行い競技力向上をサポートする。

かつて、我が国のアマチュアスポーツ振興は、企業のクラブチームの育成力に依存し、国による選手の強化育成は遅れていた。ところが、バブル崩壊による経営悪化により企業がスポーツの支援から撤退するなか、多くの企業チームが廃部に追い込まれ、競技種目によってはナショナルチームの存続さえむずかしくなった。
そのような状況を踏まえて、文部科学省がスポーツ振興政策に本腰を入れ始めたのが平成の時代に入ってからのこと。平成13年にまずJISSが完成し、次にNTCの一部利用が始まったのが19年のことだ。まさにロンドン五輪の選手たちが国営強化選手、第一期生とも言える。

私が初めてNTCを訪問したのは平成20年2月、所管大臣として竣工記念式典に出席した時だ。官僚が準備した祝辞には「永年に亘る関係者の『悲願』」と記してあったが、私の率直な印象は「日本の国力をもってすれば、何故この種の施設の建設がもっと早く実現しなかったのか?」と言うものだった。

国のスポーツ振興策の成果をオリンピックのメダル数で計るのならば、ロンドンオリンピックで一定の成果をあげたと言える。今後、この数年間の努力と成果を科学的に分析し、さらなる強化策の開発と実践に取り組んでもらいたい。
加えて、選手たちにとっては五輪のメダルは終着点ではない。現役引退後の人生はとても長い。セカンドキャリアとしての人生設計が可能なように国が支援することも必要だ。

2年後のソチ冬季オリンピック、4年後のリオ・オリンピック、さらには2020年の東京オリンピック招致に向けて、さらなる選手強化策の充実を求める声が強まるだろう。
今年度の選手強化に投入した国費は32億円。
財政再建に向け厳しい歳出抑制が求められる時代ではあるが、ニッポンの誉れを高め、全国民の心を揺さぶった“あの感動”を考えると高くはないとも思えるが…。

竹島

日本政府が、内政論議であたふたしている間に、韓国の李明博大統領による“竹島”上陸という暴挙を許してしまった。
竹島は韓国併合(1910年)以前からの我が国の領土であり、サンフランシスコ平和条約発効時(1952年)に我が国が放棄した「朝鮮に関する権限」の範囲には含まれいない。むしろ韓国の初代大統領が一方的に設定した境界線=李承晩ラインにより、かすめ取られたような形になっているのだ。今、韓国大統領という立場にある人物が、この島を訪問するということは、我が国にとって、極めて遺憾であり、日韓の将来に暗雲をもたらす愚行と言わざる得ない。

さらに、李明博大統領は14日に「(天皇は)韓国を訪問したがっているが、独立運動で亡くなった方々を訪ね、心から謝るなら来なさいと(日本側に)言った」と発言した。我が国から要請した事実のない天皇の訪韓に言及し、謝罪まで要求したことは常軌を逸脱したものであり、日本と日本国民に対する侮辱とも言える。

政府は毅然とした態度で、「竹島は歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国の領土である」との立場を明確に主張するとともに、「一連の大統領の反日的発言は一方的な歴史感に基づく侮辱的な発言であり、日本としては受け入れることはできない」と明言すべきである。

大統領がこのような大人げない行動に走るのは、韓国の内政問題=末期的な政権の求心力回復をねらう故だろう。とは言っても、互いの国民間に反日、反韓感情をあおる行為は、日韓関係にとって不幸のタネをまくのみだ。
ただ、幸いなことに、今のところ両国民の感情的対立は高まっていないように見える。少なくとも我が国では、(良い悪いはともかく)、従来と変わりなく韓国ドラマが放映され、K-POPが流れている。

隣国の暴挙にもかかわらず意外なほどに反韓感情が高まらない一因は、竹島問題について、日本人の意識が希薄なためだろう。それもそのはず、私が文部科学大臣時代に行った2008年の学習指導要領改定以前は、竹島問題について触れていた中学校教科書は半分に満たなかった(7冊中3冊のみが記述、北方領土については全ての教科書が記述)のだ。

これでは日本の領土について正しい知識を与えることはできない。指導要領の改訂作業では竹島について明確に日本の領土と記述すべく検討を進めた。当時は李明博大統領の就任時期であり、両国の関係に波風を立てないように配慮が求められたが、私は「領土は国家の基本である。子どもたちには正しい教育をしなければならない」との信念のもと、指導要領解説書に「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である」という文言を盛り込んだ。

現在中学校の社会科の教科書や地図帳が何冊採択されているのかは知らないが、全ての教科書や地図帳で明確に竹島が日本の領土であることが記されている筈だ。
しかし学校現場では、竹島問題の存在と日本の主張について正しく教えられているのだろうか? この機会に、もう一度しっかりと検証しなくてはならない。

昨今の領土を巡るいざこざは竹島のみではない。北方領土へのロシア大統領の訪問、尖閣諸島への中国の活動家の強襲上陸等々。これらの問題=隣国たちの強気の行動は民主党政権になってから顕著になった事象だ。
もちろん我が国の領土をないがしろにする隣国たちの姿勢は許されるものではない。しかし、彼らの行動を促したのは、我が国の外交力、防衛力の脇の甘さであると言えなくもない。

さらにその遠因は、普天間問題を発端として日米同盟を弱体化してしまったことであろう。その問題の責任者であった原因者であり、退任後も民主党外交顧問を名乗られ、奇行を重ねられている元総理は、少しは反省されているのだろうか?最近の言動を見る限りにおいては、とても反省されているとは私には思えないのだが…。