ポスト・コロナの一考察

 緊急事態宣言が解除され都道府県の境界を越えての移動も可能になり、金帰月来のいつもの生活リズムが戻り、早くも3回目の週末を地元で過ごした。

 しかし、例年とは過ごし方が様変わりしている。自粛ムードのなかで、私が顔を出すべきイベント、行事がほとんど中止または延期となっているのだ。そんななかで自らの国政報告会を開催する訳にもいかず、日々の活動は専ら挨拶回りが中心とならざるを得ない状況だ。

全国的にも関西の祇園祭や天神祭、青森のねぶた、秋田の竿灯、仙台七夕まつり、博多の祇園山笠やなど多くの祭りの中止が決定されている。全国から多くの観光客を集める華やかな祭典の中止は、地域経済にも大きな痛手となるが、コロナウィルスの正体がつかめないなかで、人々の密集を形成するわけにもいかない。関係者にとっては苦渋の決断となるが、今年の開催の見送りはやむを得まい。

このコラムで何度も言及している私の地元、播州地方の秋祭りも例外ではない。毎年梅雨明けの頃から準備が始まるのだが、今年は寄合で「秋祭り開催の是非」が何度も議論され、すでに多くの地域で中止が決定されている。私も氏子である曽根天満宮の秋季例大祭も少人数で神事のみを執り行い、勇壮・華麗で知られる屋台の練り合わせは見送られることになりそうだ。

そもそも秋に行われる祭りの多くは、稲の収穫が終わった時期に豊穣の恵みを与えてくれた天地の神々に感謝の意を表すお祝いだった。にぎやかに酒を酌み交わす宴は催せないが、この機会に、静かに祭礼本来の意味を見直し地域の歴史文化への理解を深めることも、長い目で見れば街づくりの一助となるかもしれない。

様々な観点からポストコロナ時代の日本の在り方が問われているが、国土構造的には大都市への過度の集中を是正し、分散自立型の社会構造を目指すことが必要だ。その意味でも地域の活力を生み出す祭りは、これからも守り続けていかなければならない大切な財産と言える。毎年、古式に則り、住民が心を一つにして音曲、舞踊などの芸能を奉納することは、地域の絆を強める契機ともなる。

しかし一方で、過疎地域では資金不足や若者の減少で、祭りの存続そのものが危ぶまれている事例も数多いと聞く。これから、全国的に少子高齢化が進む時代、地域の歴史と伝統を守り続けていくには、かなりの努力とエネルギーが必要となるのは間違いない。

対策の一例だが、活動資金を得るためにクラウドファンディングを立ち上げて支援の輪を広げたり、オンラインで各地の獅子舞の交流を図る動きもある。伝統を守っていくためにも、今回のコロナ騒動のなかで重視されることとなったDX(デジタル・トランスフォーメーション)をはじめ、現代的な手法を取り入れることも有効だろう。

祭礼に対する住民の理解を深め、担い手となる次世代の人材を育成するために、学校との連携を深めることも重要だ。子どもたちが体験教育から地域の歴史や伝統、そして誇りを学ぶことが、多様で個性ある地域づくりの原点となる。国は祭礼や民族芸能を無形の文化財として位置づけ、調査や記録の作成、用具の修理などに補助を行ってはいるが、まだまだ不十分である。

人口減少下でも活力に満ちた地域創生を成し遂げるために、地域の文化遺産として祭礼の更なる活用を図る振興策を立案し、将来につながる取組を柔軟にサポートしていきたい。