国際交渉

日本のお家芸とも言えるレスリングがピンチだ。2020年のオリンピック大会の競技種目から除外される可能性が高まったという。
昨夏のロンドンオリンピックでは、三連覇を果たした吉田沙保里選手をはじめ多くのメダリストを生み出した種目であり、来たるべき東京オリンピックをめざしてトレーニングに励む若者も多い。吉田選手ら関係者も「考えられない、信じられない」との言葉を連発しているが、どうやら遅きに失した状況のような感がある。

20世紀終盤からオリンピック大会といえども、運営収支を無視できなくなり、年々採算性に重きを置く傾向が高まっている。なかでも重視されるのは有力な収入源であるテレビ放映権であり、その大きな要素は世界的な視聴率である。これに伴い、世界での人気に着目した競技種目の入れ替えが頻繁に行われるようになった。我が国の得意種目であった野球・ソフトボールが除外されたのは記憶に新しい。

今回のIOC(国際オリンピック委員会)の選考基準は「人気、国際性、男女の選手の比率」にあるという。確かに世界的に見るとレスリングの競技人口は少なく、また勝敗の判定基準はわかりにくい。ただ、正直なところ、テコンドー等のライバル競技も五十歩百歩といったところである。実質的な判断基準は、IOCの理事の力関係、継続を願う競技団体のロビー活動(政治的な取引活動)の多寡にあったという説が真実に近いのではないだろうか。古代ギリシア時代からの歴史と伝統に頼っていても誰も守ってくれない。自らの発言と行動が必要だったということだろう。

国際的なルール作りには、積極的に交渉に参画し、自らの考えをアピールしなければ権利を勝ち取ることはできない。同じことが通商交渉でもいえる。
同じ加工貿易国家の隣国、韓国と比べて、日本の貿易自由化は大幅な後れをとっている。TPP参加を巡っても、入り口論で既に3年間も議論が停滞している状況だ。

経済再生を一丁目一番地の政策に据える安倍内閣にとって、経済成長の要となるこの課題への対応は正に内閣の命運を賭けるものである。我が国の通商戦略のポイントは2点。一つは巨大な経済力をもつ中国に普通の国際ルールを守れる国になってもらうこと。もう一つは米国の行き過ぎた市場原理主義に対抗できるアジアのルールをつくることだろう。

もう2年ほど前になるが、中国政府は尖閣問題への対抗措置としてレアアースを禁輸するという措置を執った。また、彼の国は未だにコピー商品天国である。このような横暴を許さないため、知的所有権を尊重する国になってもらうために、国際ルールの範を示し、受け入れを迫ることが必要だろう。そのためにはもう一つの経済大国である米国の力が不可欠であり、米国も世界三位の経済力をもつ日本にTPP参画を求めている。
一方で、日本には90年代の日米構造協議をはじめ、過去の二カ国交渉で米国に煮え湯を飲まされ続けてきた記憶がある。その轍を踏まないためには、多国間(マルチ)の交渉で米国に対する主張を貫き通す手法が有効だ。

レスリング協会はオリンピック競技の生き残りをかけて、アメリカ、イラン、ロシアと手を組み、ヨーロッパ諸国や韓国に対抗するという。
今、TPP交渉参加国の経済力を比較するとアメリカ一強の状況にある。この強敵に対抗するために、アジア諸国と手を組み日本の主張に沿ったルール作りを進めるべきだ。

最悪の事態は日本が何も言わないうちにアジア太平洋の取引ルールが決まってしまい、それを受任せざるを得ない状況となることだ。

21日から安倍総理が米国を訪問する。オバマ大統領との会談の議題は、北朝鮮を巡る北東アジアの安全保障、円ドル相場を含めた金融政策のあり方等々多岐にわたるだろうが、おそらくTPP交渉参加問題も議題の一つになるだろう。
まず交渉の席に着くこと。そして守るべき聖域を相互に容認する言質をとり、国益に沿ってしっかり交渉していくことが、いま求められていると思う。