ウィンブルドン現象

「大鵬、巨人、卵焼き」と言っても、若い人にはピンと来ないかもしれない。私の少年時代、昭和30年代の子どもたちの3大好きなものと言われていた。
そのトップを飾る大横綱“大鵬”は、昭和35年に大相撲に入幕し、横綱在位58場所、通算872勝、幕内優勝32回という成績を残し、もう一人の名横綱“柏戸”とともに柏鵬時代と呼ばれる大相撲の黄金時代を築いたヒーローである。

彼は、太平洋戦争の開戦直前に、ウクライナ人と日本人のハーフとして樺太(サハリン)に生まれた。当時の樺太は日本領だったとはいえ、今ならば立派な外国人力士である。
だが、彼が外国人かどうか?などということは昭和の時代には、ほとんど意識されなかったし、意味をなさなかった。
日本の国技である角界は日本人であふれていたという証だろう。

その柏鵬時代から半世紀を経た今日。
先日の大相撲秋場所では、関脇琴奨菊が12勝3敗と健闘し、“日本人”としては久々に大関昇進を決めた。ということが話題になった。
優勝はもちろんモンゴルから来た大横綱“白鵬”。
調べてみると5年前、平成18年初場所の栃東を最後に、日本人力士の優勝は出ていない。日本人横綱に至っては、平成15年1月の貴乃花引退以降途絶えており、魁皇がこの夏の名古屋場所で引退してからは、大関以上の番付に日本人不在という状況に陥っていた。

それだけに琴奨菊の大関昇進は、相撲界にとって久々の明るい話題と言えるだろう。
それほどに、いつの間にか我が国の大相撲の世界でも、ウィンブルドン現象(※)が進んでいる。(※自国の競技場を他国のプレーヤーに貸し出すことの例え。全英オープンテニスの開催国であるイギリスの選手が、同大会で優勝できない様に例えられている。)

かの大英国では、テニスと時期を同じくして金融の世界でもウィンブルドン現象が進んだ。1980年代のサッチャー改革=規制緩和政策により、いわゆる「金融ビッグバン」が生じ、大航海時代から続いた歴史ある英国金融業者は一気に淘汰された。
今や金融取引の世界的拠点であるロンドンのシティで活躍するプレーヤーのほとんどは外資企業である。

だが、ポンドのシェア縮小、英国経済の地位低下にもかかわらず、ウォールストリートと並ぶ金融市場=ロンドン・シティは健在である。
それどころか、南欧の財政不安に端を発するユーロ通貨危機に際し、ポンドとシティの地位は向上しつつあるようにも思える。
自由競争による個々の切磋琢磨が、全体としての進歩を導く一つの証明だろう。

一方で、遅々として進まないのが日本経済の構造改革。
25年前の前川レポートの時代から、規制緩和と市場開放、内需拡大こそが貿易不均衡を解消し、国民生活の質の向上をもたらすということは定理のように唱え続けられている。
にもかかわらず、改革の痛みを避ける政治の弱腰が、「総理は年々替われども、国家構造は変われないニッポン」の弱点をさらしている。

経済構造と異なり、すっかり国際化が進んだ我が国の大相撲。ではあるが、「国技」と称する限りは、少なくとも、日本文化としての相撲道の伝統は守って欲しいし、日本人力士にも活躍して欲しい。
だが、もはや相撲市場を世界から隔離する道は選択できない。今や白鵬や把瑠都がいない大相撲なんて考えられないから…。